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早贄の恋

じっちゃんの庭は、50m走ができそうなくらい広かった。

いわゆる日本庭園というやつで、雛乃ひなのは子どものころ、そこで走り回ったり、岩のうえによじ登ったり、丸くてすべすべした石を並べたりして過ごすのが好きだった。

ある冬の日。
いや、冬といっても、すでに春が近づいてきた時分のことだ。木々の先っぽに、小さな宝石みたいにつやつやした緑色が見えていたころだった。


雛乃は、すっかり枯れた枝になにかが刺さっているのを見つけた。近づいて背伸びしてみる。
黒くてざらざらした、干からびたなにか。

その正体に気づいた雛乃は叫んだ。
短い叫び声を何度も何度も上げたものだから、驚いたじっちゃんが、玄関にあった鍬をかついで、裸足のまま飛び出してきた。

そうして雛乃の視線の先を見つめ、気が抜けたようにああ、とこぼした。

「べんとうだな」
「弁当……?」
「はやにえ、とも言うんだったか」

鋭い枝には刺さっていたのは蛙。
曲がった足をだらんと伸ばし、空を見上げるみたいな格好で、体を貫かれている。


ギチギチギチ。
不気味な声がして、雛乃はあたりを見渡した。

「ほれ、あれだよ」

じっちゃんが指差す先にいたのは、すずめよりも少し大きな鳥だった。

こげ茶色の頭は、体のバランスに対してやや大きめに見える。目の周りにサングラスみたいな黒いまっすぐな模様がある。

「かわいー」
「そうだな。あの鳥は、百舌鳥もずだ」
「もず」
「この蛙をな、こんなふうにしたのは、あの鳥なんだぞ」

雛乃は驚いた。じっちゃんに抱きつく。
急に不気味に思えてきた。あんなにもつぶらな目をしていて、かわいいのに。

「どうしてこんなことするの?」
「詳しいことはわからん。冬になると餌が少なくなるから、弁当代わりにあちこちにこうして獲物を突き刺しておく……というようなことを、誰かが言っとったなあ」

目の前の蛙にもう一度目をやる。とても苦しそうな顔をしていた。

「これって食べるのかな」
「どうだろうな。もう干からびとる。……腐ってしまうものも見たことがあるな」
「いらないんだったら、捕まえなきゃいいのにね」

雛乃がぽつりと言うと、じっちゃんはわしゃわしゃと頭を撫でた。

小比類巻こひるいまき家は……家はどうだ?」
「うーん。なんでも買ってくれるよ」
「そうか」
「パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんな優しいから好き」

じっちゃんは、眉を下げた。


雛乃の家は、じっちゃんの家よりは狭い。
でも、街中にあって、中心地の駅も近い。マンションの高いところにあって、海が見えるのが気に入っている。

パパもママも、頼めば何でも買ってくれるし、雛乃のことをいつでも「かわいい」と言ってくれていた。

「雛乃、視野を広く持つんだぞ。おまえは恵まれた環境にいる」



高校に入学したその日、隣の席になった男子が、ちょっといいなと思った。
名前は高梁大和たかはしやまと

顔が整っているわけじゃないけど、雰囲気がいい。
ちょっと無造作な感じで整えた髪だとか、背は高めで、細身なんだけど筋肉はついている感じだとか。

中学から一緒らしい男子といっしょにふざけていたので、雛乃もそこに混ざった。
雛乃はかわいいから、ちょっと肩に触れたりするだけで男子がぽーっとしているのがわかる。

気分がよかった。

この学校はいい。校則がゆるいのが気に入ってる。
髪の毛を染めても怒られないし、ピアスをあけたっていい。スカートも短めにしちゃう。


ある日、家の近くで大和を見つけた。
声をかけようと思って、気がつく。彼の後ろに、地味な女が様子をうかがうように歩いていることに。

黒くて長い髪は切りっぱなしで、髪質は良さそうだけどなんだか野暮ったい。化粧っ気もない。
あの制服は一番頭がいい学校だ。なんだか鼻につくなと思った。

大和、ストーカーでもされてるのかな。
一応心配して、女のあとをさらに少し離れて着いていく。そしてカラオケに入ったところで見てしまった。大和があの女を抱きしめたのを。

なんだかむしゃくしゃした。
どうしてあんな地味な女がいいんだろう。


でも、カノジョとして大事にしてるわけじゃないみたい。

次の日、雛乃は大和に声をかけた。堕とすのなんて、かんたんだった。

自分に夢中になった相手を見ると、なんだか冷める。目のなかに灯る熱が、うっとうしい。簡単すぎてつまらない。


大和とのメールの頻度を少し減らした。
それから次は、大和と仲が良い田中にも声をかけてみた。同じクラスの三浦里咲が田中に気があるそぶりをみせていたのが気に入らなかったから。

そんな感じで、仲がいい男子が少しずつ増えていった。
曜日ごとに違う男と遊ぶ。

付き合ってるわけじゃない。たまにうるさく言ってくるやつがいたけど、女子って面倒。トモダチなんだから別にいいでしょ。


あとから考えると、あれは、早贄はやにえだったのだと思う。
一人ひとりを捕まえて、はりつけにして、そのまま放ったらかす。雛乃は百舌鳥もずなのだ。

かわいい顔をして獰猛で残虐な、百舌鳥。



せっかく堕とした大和は、東京に行ってしまった。

雛乃は進学も就職も決まらなくて、ただ実家にいるだけだった。なんでも「いいよ」と言ってくれたママもパパも、最近はなぜか目をさんかくに吊り上げて怒る。
おこづかいも減らされてしまった。

その日は、高校でいっしょだった田中と会うはずだった。ところが直前に約束をすっぽかされて、手持ち無沙汰になったので、仕方がなく駅前のカフェに入った。

チェーン店のそこは、平日の昼間でも結構な人が入っていた。
雛乃はふだん、ひとりでチェーン店には入らない。注文の仕方がよくわからなくて、メニューに目を落としたまま固まった。

「もしかして、こちらはじめてですか」

顔を上げる。
声をかけてきた店員は、ずいぶん年下に見えた。一重のくりっとした目。鼻も丸みを帯びていて、笑うと八重歯が見える。

「迷うようだったら、僕はこれおすすめしてるんです」

ちょっと掠れたハスキーな声。男性にしてはなめらかな指先が、とん、とコーヒーのひとつを指す。

「甘めなのが好きだったらこっち、コーヒーが苦手だったらこのあたり……」

「……じゃあ、これで」

「わかりました!」

尻尾を全力で振っている犬。そんな雰囲気があった。人懐っこくて、かわいい。

「僕もこれめっちゃ好きなんですよ。もうちょっと甘くすることもできるんですけどどうします?」

雛乃は確信した。

(この人も、ぜったい、あたしのことを好きになる──)


なぜだかほかの男子と遊んでいてもつまらなくなってきて、誘いに応じるのをやめた。

雛乃は毎日のようにカフェに通った。
いつのまにか、すべてのメニューもカスタマイズも制覇していた。雛乃は飽きっぽいたちで、いろいろと味見をしてみたいのだ。店員並みにメニューに詳しくなってしまった。


雛乃の朝は、身じたくからはじまる。

まつ毛はふさふさのエクステ。眉毛は、アートメイクを施している。

人形みたいな顔をつくるために大事なのは、アイメイクだ。涙袋をぷっくりと、ちゃんと立体的に入れること。まつ毛はピンセットでつまんで、束みたいにすること。

肌も作り込む。陶器みたいにすべすべで、マットな感じ。小鼻の横の赤みとか、目の下のくまとかは敵。徹底的にムラを消して、肌のどの部分も同じ色にするのが大事。

忘れちゃいけないのがピンクのカラコン。
ピンクといっても、クレヨンみたいな色じゃなくって、茶色と混ざったみたいな色。

明るいピンクベージュに染めた髪の毛は、毎朝時間をかけて、丁寧に巻いている。コテを使って、ゆるく、大きめの巻きをつくる。それから、頭の高い位置でふたつに結ぶ。


準備が終わったら、10時ごろから昼食を食べ終えるまで、カフェで過ごす。スマホでゲームをしたり、だれかとLINEをしたりしながら。

あのひとは大西優斗おおにし ゆうとという名前だと知った。
年は雛乃と同じ。大和と付き合っていたあの女・・・と同じ学校だというのが少し引っかかった。

「浪人中なんですよー。夜はいつも塾っす」

すっかり仲良くなれたと思う。けれども、いくら頼んでも「ヒナ」とは呼んでくれない。そういう硬派なところも好き。

夜は忙しいみたいで、誘っても遊んでくれなかったけど、付き合えるのは時間の問題だ。
そう思っていた。



ひどく寒い日だった。雪がちらついていた。

いつもの指定席に座った雛乃は、バッグの中からひざ掛けを取り出す。この店はあまり暖房が効いていない。ずっといると、冷えてしまう。

ゲームをしながら、時折優斗の様子を眺める。誰にでも人当たりがいいところがいい。
その笑顔を見てたら、かわいいなって思う。



「……未羽みう?」

優斗の声は聞いたことがないものだった。明るく跳ねているのがわかり、ゲームに目を落としていた雛乃はぴくりと顔を上げた。

「優斗くん? え、ここで働いてるの?」

ニット帽からのぞく、つやつやした黒髪の後ろ姿が見えた。直感的にわかった。あの女だ。

どうしてだろう、髪の毛は昔と同じ長さなのに、色も変えてないのに、あの野暮ったさがなくなっている。

身につけているものは、あの女・・・で合っているのなら、意外なデザインだ。
オーバーサイズのカーキ色のブルゾン。中にはシンプルなボーダーのTシャツと、デニムのパンツ。


「……うん。俺、大学落ちたんだ」
「え」

未羽が気まずげに優斗の顔を見る。
優斗は気にしていない様子で「未羽は東京生活満喫してるって聞いたよ」と続けた。

(俺、なんていうの、はじめて聞いた)

レジが見やすいこの席で、ふたりの会話を聞いていると、むしょうにいらいらした。

「あ、ごめん。後ろだいじょうぶ?」
「今は誰もいないけど……よかったらさ、夜メシいっしょにたべない?」

ひそやかな声で告げられたその言葉に、ぴしり、となにかが固まる音がした。



未羽は、店の奥のほうへ目線を向けた。きっと雛乃のことは気づいていないだろうけど目を伏せた。

「あれ、……前にお会いしました?」

驚いて顔を上げる。
未羽が話しかけているのは雛乃ではなく、衝立を挟んで向こうに座る誰かだった。

「あ、美容院を探していたお嬢さんだ」

男の声だ。

「そうです! やっぱり。ええと、たしか……キノコさん!」

未羽の声のトーンが上がる。

「小西です。……よくわかりましたね、私のこと」
「ネクタイ。きょうもキノコ柄なので」
「なんだ、そうか」

男は残念そうに言った。

「ずいぶん雰囲気が変わられましたね。いや、以前も素敵でした。本当に。みずみずしさと初々しさが同居した可愛さがあったんですが、今はなんというか、羽化したみたいな輝きがあります」

男は早口で、ひといきにそう言った。
途中がよく聞き取れずに、雛乃はなんのはなしだ、と思った。

「教えていただいた美容院、良かったです」
「恋、叶いましたか?」
「……いいえ。終わっちゃいました。でもいいんです。終わらせるためだったから。ある意味では合ってたかも。これから新しい恋をはじめられますから」

未羽は決意を込めた声で言った。
雛乃はそのとき見てしまった。レジのほうから心配そうにそちらを眺めていた優斗の顔に、一瞬だけ浮かんだ、安堵の笑みを。

(── ああ、また、この女にとられるのか)

「前向きですね」
「ふふ。毎日が楽しいんです。なんでも新鮮です。せっかく帰ってきたから、きょうはアンシャンテに行って髪型変えるつもりなんです」
「わあ、いいっすね。切るんですか」

未羽は首を振る。

「色を変えてみようと思います。今の髪も好きだけど、冒険してみたいんです」

卒業式の日、大和と街に行く約束をしていた。
それなのに、この女が学校まで来て、大和は雛乃を追い払った。慌てた顔をして。大切にしていないカノジョなのに。

(ふざけんな。なんでこいつばっかり)



優斗が何時に仕事を終えるのかはわかっていた。毎日見ていたのだから。

「ゆうと」

雛乃が声をかけると、優斗はぎょっとした。
その直前までの、浮かれた感じを、スマホを何度も見返していた表情を、雛乃は見逃さなかった。

「……小比類巻さん」
「ヒナって呼んでって言ったじゃん」

優斗の声は硬い。

「ねえ、未羽だっけ? あんな地味な女の、どこがいいの」

雛乃が聞いた。あたしのほうが絶対に可愛いのに。それなのに、なんであいつばっかり。
その瞬間、優斗の表情がごっそり抜け落ちた。

「未羽のこと、悪く言うなよ」
「え」
「なんなんだよ、毎日まいにち。あんたのことは、僕にとって客でしかない」
「でも、いっぱい話してくれたじゃん」
「べつにあんただけじゃない……。おいしいなと思うメニューとか組み合わせとか、そういうのをすすめるの、普通だろ」

優斗は、得体のしれないものを見るような目をこちらに向けた。

それからも雛乃はカフェに通った。
優斗は目を合わせてくれず、雛乃が店に足を踏み入れると、さりげなくほかの店員が代わるようになった。



暇だから、田中を誘ってみる。
既読になるのに返信はない。ほかにも、だれからも返事が来なかった。

カフェで未羽を見たときの、あのシーンが何度も頭のなかでループされている。そういえば、未羽とはなしていた男がなにか言っていた。

「恋が叶う、美容院」

雛乃は思った。もしかしたら、優斗は地味なほうが安心するのかも。じゃあ、好きじゃないけど、ああいう黒髪で薄い感じにしたら。そうしたらなにか変わるだろうか。



「黒くして」

美容院は、雛乃の家から歩いていける距離にあった。駅からも近くて、路地に一本入った場所。近いけど来たことがないエリアだ。

美容師のLenaレナという女は、困惑した感じで「本当にやりたいことなの?」と聞いた。

雛乃はいらっとした。

(客の言うことなんだから聞いてればいいんだよ)




雛乃は、十日ぶりにカフェに行った。
レジで雛乃の順番が来ても、だれかに交代されることなく優斗がそのままオーダーを聞いた。雛乃はにんまりとした。

「え」

優斗は一瞬、驚いたように目を見開いた。雛乃はこれでいいと思っていた。
すぐに見とれるはずだって。


真っ黒に染めた髪の毛は、ゆるく巻いて下ろした。体のラインに沿うような、それでいてぴったりしすぎない白いニットは、スカートにインして着ている。スカートはウエスト部分がきゅっと絞られていて、長さも足首くらいまである。
雛乃が今まで着たことがない服。はじめてのメイク。あの女と似ているようで、ぜったいにもっとかわいい。

でも、優斗の目から警戒の色は解かれなかった。



今度は店の裏口で待ち伏せする。前回とルートを変えることなんてわかっていた。

「なんで」

怯えたように言う優斗に、 ひなのは詰め寄った。

「ねえ、あたしのこと、好きになったでしょ?」

優斗は、なにを言っているのかわからないという顔をしたあと、ため息をついた。

「外見を変えたって、君のことは好きにならない」
「なんで? あの女みたいに、地味にしたでしょ?」
「未羽のことをなぜ悪く言うんだ。──僕は君の内面が好きになれない」

その言葉は、雛乃のこころを深く刺した。
何も言えずにいると、優斗はくるりと踵を返して歩き出した。

「もうここには来ない」
「なんで」
「理由は君がいちばんわかってるんじゃないか」

雛乃はうなだれた。何度も注意されていた。ほかの店員からも。

「ちなみに、今日で最後だから、ここ来るの」
「え?」
「大学に受かったんだ。春から東京」
「待って。雛乃も行く」

優斗が雛乃に向けた目は、まるで雛乃がはじめて百舌鳥の早贄を見たときのような、不快感が詰まっていた。

「彼女ができたんだ。君と関わりたくない」

直感的にわかった。ああ、あの女なのだ、と。


「あんたのせいだ」

雛乃はあの美容院へ行った。Lenaは怪訝な顔をしている。

「なにが恋が叶うだよ、あの女の恋が叶うって。ふざけんな」
「お客様……!」

Lenaを庇うように、イケメンの美容師がさっと前に出た。丁重に追い出された雛乃は家に帰って地団駄を踏んだ。

美容院で嫌な扱いを受けた、乱暴に手を掴まれた。
そんなふうに喚き立てると、パパがすぐに電話をした。いつもそう。こんなふうにして、雛乃が嫌な目にあってもすぐに解決する。

ところが、電話をした父は真っ青になって、ぺこぺこと目の前に居ない相手にお辞儀を繰り返した。
そうして雛乃に向き直って、鋭い目を向けた。

「おまえがただ暴言を吐いたと。監視カメラにも映ってるそうだ」
「でも」
「おまえが絡んだ相手は、橘家の奥様・・だ。なんてことを」
「なんでこんな馬鹿に育ったのかしら」

母が、虫を見るような目を向ける。



黒髪のままメイクを落とすと、すっかり昔の自分になってしまったみたいだ。

雛乃の世界は、幼稚園に入るまで親と祖父母だけだった。みんなが雛乃を「かわいい」と言った。雛乃は、自分ならアイドルでも女優でも、なんでもなれるのだと、本気で思っていた。

けれども、同い年のほかの子どもと関わってみて、ショックを受ける。

雛乃はかわいいわけじゃなかった。もっと目がぱっちりした子も、さわさわと長いまつ毛の子もいた。
雛乃の顔立ちはとにかく地味で、個性がない。このときの経験は、のちのちまで引きずることになった。


中学生になった。部活の先輩に可愛がってもらえた。
先輩は校則違反だけどメイクをしていて、雛乃にもそれをやってくれた。

「地味で特徴がない顔の方がいいんだよ。私もそうなんだけどね」
「なんで?」
「こら、先輩には敬語。あのね、そのほうが化粧映えするよ」
「バエ?」
「うん。メイクしたとき、別人みたいになれる」

そう言って鏡の中に映った自分は、人形みたいに可愛くなっていた。


次の日、カフェに行って優斗はいなかった。レジの店員が射抜くような目でこちらを見ている。
雛乃は、帰りにドラッグストアでヘアカラーを買った。ピンクベージュ。

自分で染めるのははじめてだった。説明書も意味がわからないし、上げたままの腕も痛かった。
なんとか仕上がったけれど、美容院でやった時みたいな自然さは、綺麗さはなかった。

でもすこしだけ気持ちが上向きになった。
あの女の真似をして見たけれど、雛乃はやっぱり、こういう可愛いものが好きだ。

メイクをしていない自分の顔は凡庸だった。途端に自信がなくなってしまう。そういえば幼い頃はこういう、気の弱い性格だったことも思い出した。

メイクと髪と服で武装していた。それは雛乃にとって鎧だった。
守るものがないときの雛乃は弱くて、そして中身がからっぽだ。気づきたくないことだった。

両親とも折り合いが悪くなってしまった。
雛乃は家にいてもしんどくて、街に出た。前から来た女の人と目が合った。

「あ……」

美容院にいた、Lenaという美容師だ。彼女は警戒するような目でこちらを見ていた。

「この間はごめんなさい」

雛乃が言うと、Lenaは面食らったように目を瞬かせた。

ここに来る前、田中を見た。田中もおっとりした雰囲気の彼女ができていた。雛乃を見ると、不機嫌そうな顔になった。
大和も田中も、優斗も。そして他の男子たちも。ひなのの恋は、ひとつも叶わなかった。早贄のように集めていた男たちも、自分で棘を抜いて飛び去って言った。

残ったのは飢えた一羽の百舌鳥。


「謝罪って、自分の気持ちを軽くするためってこともあるんだよ」

Lenaの目は鋭かった。びくりと体が震える。けれども、次に降ってきた言葉は、穏やかな声色だった。

「あなたは、自分に似合うものも、好きなものも、直感的に見つけられる人だと思った。その力を、美容の仕事に活かしてみてもいいかもね」

家に帰るとじっちゃんが来ていた。雛乃は、田舎の、田んぼに囲まれたじっちゃんの家へと引っ越した。免許を取って、自分で車を運転して、美容を学ぶために学校に通いはじめた。

百舌鳥の頭みたいな明るい茶髪に、いつものメイク。新しい雛乃は、痛みと恥ずかしさを抱えたまま、今日も田んぼ道を走っている──。



(8,000字)



1話ずつでも読める「アンシャンテ」シリーズ。こちらは3話目でした。

▼1話目。

▼2話目。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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