城ヶ崎とわたしの奇妙な攻防
君の文章は確かに美しい。だが、男性的だ。少女らしさが感じられない。
わたしのもとに届いたのは、そんな手紙だった。
その後もつらつらと、わたしが書いたものへの批評が並んでいた。
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「先生、これは……?」
3月。校舎の屋根に積もった雪が、少しずつ溶け出してきて、窓の外に涙のようにぽつり、ぽつりと雫を落としている。そんな時期のこと。
渡り廊下で担任に呼び止められた。
手渡されたのは、飾り気のない茶封筒。
「これ、学校に届いたの」
「はあ……」
「知ってる名前?」
「ええと、……ええ、まあ」
「それじゃあ、確かに渡したから」
担任は片手を挙げて去っていく。わたしは困惑していた。
たしかに、そこにあった名前には見覚えがある。
半年ほど前に大阪で出会った人だ。
ちょっとマイナーな作文コンテストの授賞式。
壇上でスピーチをしていた、わたしと同い年、十四歳の男子学生。
ここでは、彼の名前を「城ヶ崎」とする。
なお、自分の知らないところで自分の話が出ていたらわたしは絶対にいやなので、実際の出来事そのまま書くことはしない。
わたしにも大きな非はあるし、もしかしたら、彼には彼なりの言い分があるかもしれない。逆に、後悔して黒歴史だと恥じている可能性もある。
だから、ひと粒の種から花畑を作るようなイメージで、一度書いた現実をぜんぶ消して、新しい、まったく別人の城ヶ崎との物語をつくった。
もし本人が見たとしても、きっとわからない。傷つくはずがない。そう思えるくらいにはなったと思う。
限りなく小説に近いエッセイを目指し、城ケ崎との半年間(めいたもの)を書いてみることにする。
(もしかしたら、事実のほうがずっと小説的かもしれないのだけれど……それは、ひみつ。)
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帰宅後、制服のまま部屋に戻る。
封を開けて出てきた手紙に、わたしは絶句した。
君の文章は確かに美しい。だが、男性的だ。少女らしさが感じられない。
「なんだこれ……」
中に入っていたのは、わたしの受賞作をコピーし、赤字を入れたものだった。
ダメ出しにつぐダメ出し。ここの表現が…とか、言葉の開きが…とか、つらつらと羅列されている。
正直な話、あまりにも冒頭の一文が衝撃的すぎて、ほとんどその後の内容は覚えていない。
でも、審査員の目に止まり、評価してもらえたお気に入りの文章を、なんの断りもなく、謎に赤字添削されたことは不快だった。
文章に女らしさがないと言われたことにもカチンと来た。少女らしさって、何。
確かに彼は特別賞で、わたしは佳作だ。でも、彼は審査員ではない。わたしとおなじ、ただの十四歳の中学生ではないか。
「というかなんで個別に連絡……?」
コンテストの受賞者は二十名ほどいた。
わたしはその授賞式で、彼とはひとことも言葉を交わしてはいない。
彼はその日、絶えず人に囲まれていた。
壇上でスピーチをしたのは城ケ崎。
たしかに、そのとき彼の書いたものは圧倒的だった。
わたしは十人以上いる佳作の中のひとりに過ぎなかった。
しかも、授賞式のあとは、協賛企業の見学に行けるというスケジュールとなっていた。二つのグループに分かれ、わたしと彼とは違う班に振り分けられた。
わたしは、全国各地から集まった年の近い女の子たちとばかり話していた。
見学の間に、ものすごく仲良くなれた。書くことが好きだという共通点、あるいは行ったこともない県からやってきた彼女たちとの話は尽きなかった。
制服のちがいにも感動していた。(#なんのはなしですか)
特に目を引いたのは、シックな黒いセーラー服! 大人びたその制服をまとった年上のその子は、都会のお嬢様学校に通っているらしい。
わたしは、自分の田舎っぽい出で立ちや髪型、化粧っ気のなさが恥ずかしくなった。都会の子は可愛い子が多いなぁと、肩身の狭いような感覚。
もう寒い時期だったので、わたしは学校指定のデニール数の、黒色の薄手のストッキングを履いていた。授賞式なのでおろしたて。
でも、北国勢以外は、みな、紺色のソックスを知的な雰囲気で行儀よく着こなしており、ひどく都会的に思えて眩しかった。
他校の女の子たちとは、連絡先を交換した。
中には文通するくらい仲良くなれた子もいる。
もしかしたら全員に送っているのでは。そう閃いたわたしは、彼女たちにメールを送った。
「コンテストのあとって、違うグループの人たちともやり取りしてたりする?」
城ヶ崎ともし仲が良い人がいたら…そう思うと、詳しい事情は伝えられなかった。女子たちは、わたしが違うグループの男子に恋をしているのではと勘違いしたらしく、恋バナをするときのような目で携帯を握っていることが見て取れた。
ちなみに、誰も城ヶ崎からの講評レターはもらっていなかった。
もやもやしたものの、城ヶ崎に礼状をしたためた。
父には反対されたのだが、無視するという選択肢はなかった。
それに、彼の文章は本当に圧倒的だった。
もし好きなこと(書くこと)が同じだとしたら、他校の女の子たちと同じように、友だちになれるかもしれない。
当時、わたしには、男子の友だちもいたから、深く考えていなかったのだ。中学になっても、小学生から一緒の近所の子たちとは、男女問わず家で集まってプレステ2やらゲームキューブやらに興じていたからだ。
父の言うことを聞かずに手紙を返したこと。これがそもそもの失敗だった。
さらにわたしは致命的なミスをおかしてしまった。
わたしは、習い事で他校に友だちができることがよくあって、そのときの連絡先交換用に、名刺のような自作のカードをつくっていたのだ。
アドレスと、住所と、電話番号。電話番号を入れたのは、パソコンのテンプレートに入っていたから何も考えずに埋めただけ。
カードを作った時点では携帯を持っていなかったせいだろう。自宅の電話番号が書いてあった。
それを城ヶ崎への手紙に入れた。入れてしまった。
まさか、あんなことになるとは知らずに。
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──半年後。
それは土曜日で、家族で食卓を囲んでいた。たぶん、炒飯かなにかを食べていたときだと思う。母は、土日のお昼ごはんを固定していて、数パターンの中からどれかを作っていた。炒飯でなければ、ナポリタンだったかもしれない。
家電(イエデン)が鳴り響く。
水を打ったように静かになる。家族みんなが、ぴしり、と、氷の彫像のように固まった。そして、ぎ、ぎ、と錆びて動きにくい扉のように、皆が電話の方へと顔を向けた。
立ち上がったのは母だった。無言のまま、無表情のまま、人形のように立ち上がる。
家電のディスプレイ画面を見て戻ってきた母は、静かに腰を下ろすと、何も言わずに食事の続きをはじめた。
電話はまだ鳴り続けている。
父が問う。
「誰だったんだ?」
「……城ヶ崎」
わたしたちは、皆、納得したようにうなずくと、無言で食事を続けた。
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時は数ヶ月前に遡る。
はじめに届いたのは、飾り気のない大きな茶封筒だった。
その中には、二通の手紙と、分厚いコピー用紙の束が入っていた。
一通目。
まずはこれが衝撃的だった。
城ヶ崎の母親からの手紙だった。
「リンカさん、息子はあなたを好いています。ずっとあなたのことを褒めているの。これからも、末長くよろしくね」
そんなようなことが書いてあった。わたしは目眩がした。
好いている。
それは、どのような意味で……?
分厚いコピー用紙の束は、城ヶ崎の自作小説だった。とつぜん人の手がちぎれたり、血みどろになったりするその文章を、わたしは一ページたりとも読み進めることは出来なかった。不穏な文字が目に入った瞬間、心臓がどくりと音を立てるような苦しさがあって、勢いよく、紙の束を閉じていた。
表紙には、キミの感想を聞きたいという付箋が貼られていた。でも、ゴールにすらたどり着けないと震えた。
そして、もちろん、城ヶ崎からの手紙も同封されていた。
いつ会えるのかと書かれていた。
「僕はフットワークが軽い方なんです。青森にも、会いに行きますよ」
彼の住まいは関西だ。わたしは青森に住んでいて、わたしたちはお互いに未成年だった。
(#どうかしているとしか)
この文章を見て、まさかとは思うけれど、loveのほうなのだろうかと考える。
ちなみに、当時のわたしは、彼氏なんかできたことなどなく、恋愛とは無縁だった。
好きだったのは少女漫画。運命的できらきらした、砂糖菓子みたいな恋愛に憧れていた。
そういう年齢特有の憧れを差し引いたとしても、はじめから母親が介入してくる恋愛は、わたしの中ではありえなかった。
そもそも、城ヶ崎とわたしは、話したことがないのだ。
「むり、むりむり……」
わたしは、自分の迂闊さを激しく呪った。
怖くなって、両親に手紙を見せた。
父は顔面蒼白になり、ぷるぷると震えて、わたしを叱った。
城ヶ崎は、薫という中性的な名前だったため、母はいつもの文通相手の女の子だと思ったらしく、自宅あてにはじめて届いたその手紙は、すんなりとわたしの手に渡っていたのだ。
同じく倒れそうなくらい真っ白になっていた。
家族会議の結果、城ヶ崎の手紙は”なかったこと”になった。次はもうなにも返さない。反応しない。そもそも、存在していない。
そういうことに、決めた。
だが、彼はそんなことなど許してくれなかったのだ。(#なんのはなしですか)
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土曜日。両親がスーパーに行っている間、小学生の弟とわたしは留守番をしていた。家電が鳴る。知らない番号だったが、一応出てみた。
『あ! リンカちゃん』
機嫌の良さそうな声に、わたしは困惑した。
中学の男子は、みんなわたしのことを名字で呼ぶのだ。
『僕です僕。城ヶ崎だよ』
わたしはぴしりと固まった。はじめに抱いた疑問は「なんで?」だった。はくはくと妙な呼吸が口から漏れた。
近くで将棋研究をしていた弟が、妙に思ったのだろう。音もなく近づいてきた。
手元のメモに、じょうがさき、と走り書きする。
弟はわたしから受話器をはぎ取ると、よそ行きの声で「姉は外出中ですが」と言った。
『え? あれ? キミ、弟くん? そっかそっか。前に会場で会ったよね。声似てるんだねえ。それにしてもしっかりしてるなあ』
「声そっくりなんですよ。父も間違えます。……あの、両親も姉もいないんで、切っていいですか。俺小学生なんで」
『あ、そうだね。また電話するって、リンカちゃんに伝えておいて』
それから半年。わたしたち家族は、電話を無視し続けた。土曜の午後、外出してみたりもした。けれども、戻ってくると、暗い部屋の中に、留守番電話のランプが赤く光っている。
それでもわたしたちは屈しなかった。
城ヶ崎も、諦めない。
「出たほうがいいんじゃない?」
そういう話にもなった。
「でも、反応したほうがまずいんじゃないか」
わたしたちは、答えを持ち合わせていなかった。無視することで彼を傷つけているのではという罪悪感もあった。返事を出したのはわたしだ。わたしの無知と、罪だ。
でも、それ以上に怖くてしかたがなかった。
半年以上が過ぎ、わたしはまた、薄い黒のストッキングに足を通した。積もるほどではないけれど、雪がちらちら舞う日もあった。
土曜日。またもやお昼どき。城ヶ崎からの電話が鳴り響く。誰もが無言になる。
受話器を取ったのは、弟だった。
「もしもし」
『あ、弟くん! やっと出てくれた。リンカちゃんはいますか?城ヶ崎です』
「ああ、城ヶ崎さんですか? 姉は出かけてます」
『土曜日はいないのかな? 習い事? いつなら都合がいい? いつ会うか決めたいんだ。冬休み、青森に行こうと思っていてね』
「あの、やめてもらってもいいですか?」
『え……』
「姉には、彼氏がいるんです」
わたしはぎょっとした。それは真っ赤な嘘だったからだ。
「彼氏、親公認でよく家に来るんです。城ヶ崎さんはそういう気持ちで連絡してきたんじゃないかもしれないけど、彼氏の誤解招いてもいけないはんで…」
電話はぷっつりと切れた。
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城ヶ崎との半年以上におよぶ攻防は、わたしたち家族をとても疲弊させた。
彼のことも、傷つけてしまったのかもしれない、とは思っている。
わたしは、彼の二度目の手紙以降、一切返事をしなかったのだから。
でも、親からのメッセージが同封された圧の強い手紙が怖かった。猟奇的な小説にも戦慄した。
何度も、何度も何度も鳴り響く電話も。
物理的な距離だけがわたしを安心させてくれていた。
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城ヶ崎の電話は弟をより理知的で大人びた性格にし、わたしに一つの教訓を与えた。
他人に安易に連絡先を教えてはいけないということ。
そして、悔しいけれども、文章力を磨いてくれた、とも思っている。
わたしの文体が漢字ばかりで、女性らしくなかったのは事実なのだ。城ヶ崎から電話が来る度に、彼の言葉を反芻した。
むやみやたらと漢字を使うのをやめ(当時わたしは漢検準1級を取ったばかりで、難解な漢字の美しさに酔いしれていたのだった)、ひらがなの比率を気にするようになった。
ちなみに数年後、今度はひらがなを多用するわたしに、父が「おまえの文章は幼稚すぎる!」と、激怒することになる。
(#どうでもいいか)
実家を離れているけれど、両親からはなにも聞かないので、城ヶ崎からの連絡は、たぶん……ない。
こうしてわたしたちは、平穏な土曜の午後を取り戻したのだった。
(#なんのはなしですか)
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