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唯一に頼ってはいけない(?)

学生時代のノートに、こんなメモが残っていた。

「唯一に頼ってはいけない(?)」

疑問符付きのこのシンプルな言葉を見つけた、その瞬間。

時間も場所も一瞬にして別なものに変わった。

都心のオフィスの真っ白な蛍光灯の下に、ぎゅんと引き戻されるように記憶がよみがえったのだった。



その日のわたしは、就職活動のために新幹線に乗って上京していた。

まずは東京に住んでいた彼氏(今の夫)の家へ荷物を置きに向かった。遠距離恋愛中の彼の家を拠点に、東京での就活をしていたのだ。

リクルートスーツに着替えて、無機質なひっつめ髪になったわたしは、長距離移動で疲れた顔をしていた。

電車に乗ったのは西の空が暗くなりはじめたころだった。



その会社は、都心の高層ビルの上のほうにあった。

エントランスを抜けると、ぱっと目についたのはシャンデリアだ。
お城にあるみたいなアンティークなものではなく、直線が連なるようなモダンなデザインだった気がする。

顔が映り込みそうなくらいピカピカに磨き上げられた大理石の床は、ヒールで歩くとカツカツと音が響いた。その向こうには大きなエレベーターが数基、鎮座していた。



その日行われていたのは、会社説明会でも面接でもない。

就活生と企業との”出会いの場”ではあるものの、純粋に学ぶことができるビジネスセミナーだった。


自分のコミュニケーション能力のなさは痛いほどわかっていた。
だからこそ、だれよりも早く就活をはじめた。

少しでも場馴れするために、1dayセミナーみたいなものを手当たり次第受けていたのだ。


採用に直結するわけではないこうした勉強会やビジネスセミナーには、かなりその会社のカラーが出る。


なかでも特に印象に残っているのが、このメモを取った日のセミナーだった。

あれから15年近く経った今でも、色鮮やかに、事細かに思い出せるというのがすごい。
それだけ衝撃的ではあった。


聞いたはなしのうち5割くらいは今でもしっかり記憶に残っている。

なかでもとくに忘れられないのが「大事なものをひとつにしてはいけない」というはなしだ。

どうして覚えているかというと、目から鱗に納得の嵐だったその日のセミナーで、このはなしだけが引っかかったからだ。




人でも物でもなんでもいいんですけどね。自分の唯一をつくっちゃだめなんです

講師役の社員さんはそう言った。

「唯一のものがあったら、それを失ったとき、心は折れます。だから、なにかに完全に頼り切ってしまう、なにか一つのものだけを好きになるのはやめたほうがいいんです」

わたしは当時、そのはなしには懐疑的だった。
だから(?)をつけた。


子どものころから、いつか"一番好きな人"を作りたいと思っていた。
自分を唯一にしてくれる相手に出会いたいとも。

付き合って2年の彼氏がそうだと信じていた。


それ以外には正直、なにもいらないとすら。
だから、住み慣れた大好きな街を離れる道を選び、東京で就活に励んでいたのだ。




約1年後──。
この日セミナーを受けたのと同じ路線の、別の駅のホームで、わたしはベンチに座ったまま動けなくなっていた。

ぽつぽつ。

淡い水色のペプラムスカートに染みができた。
きゅっと握った手の甲にも、雨みたいに降り注ぐ。

驚いて、手を持ち上げて開いた。

泣いているつもりは、なかった。

つやつやの爪には、花びらがふわっと開いたようなネイルアートが施されている。
ホログラムを4枚重ねて、真ん中に金色のビーズを置いてジェルで固めたデザインで、手持ち無沙汰に撫でてみるとぷっくりしていた。



プシューという音にはっとする。

地下鉄のドアが閉まった。
また、閉まってしまった。

明るい茶髪の巻き髪を耳にかけて、ぼんやりと電光掲示板を眺める。

ため息をついて、バッグからリポビタンDを取り出し、蓋を開けて一気に飲み干した。





予想通り、わたしの就活は難航した。

夏休みに入る直前にようやく採用が決まり、入社し、希望の部署に配属されたまではよかった。

会社自体はとても好きだった。
でも、人間関係がうまくいかなかったのだ。


▼このはなしは過去に書いているし、暗いので読みたい人だけ。


この日もわたしは、いつものように存在をスルーされていた。

”あの行為”がよくあることで、名前までついているというのは最近知ったのだけれど「お菓子はずし」というのだそうだ。


そのフロアはノリのいい人が多かった。

お菓子はずしをしている”たった一人の先輩”からすると、真面目で堅物で、冗談ひとつ言えないわたしが悪いのだと、そのときは思っていた。

(次の職場では”ノリ”は不要で、真面目で堅物のまま生きられたのでありがたかった)


直接的になにかをされたことはない。

でも、一日じゅうとなりで、名前を出さずに”わたし”と思われる人物の悪口めいたものを聞かされることが耐えられなかったのだった。
まあ、あとはほかにもいろいろと。


ホームで佇んでいたこの日、どうして自分がこんなにも弱いのか不思議に思った。

というのも、もっとひどい目になんて何度も遭ってきたからだ。

直接的になにかをされるということに慣れていた。
足を引っ掛けられて転ばされたり、面と向かって悪口を言われたり。

それに比べていまは、ずっとずっと楽なはずなのに、どうして。



なにげなくSNSを開いて気がつく。

そこには、4つ年上の女性の投稿があった。

彼女とわたしが出会ったのは、わたしが小学1年生のとき。習い事で知り合った。

優しくて賢い年上のおねえさんに、わたしはすぐに懐いた。
家の方向がおなじだったこともあり、習い事の帰り道は、ふたりで30分ほど歩いて帰った。

高校生のときも、すでに大学生になっていた彼女が帰青したときいっしょにねぶたまつりに連れて行ってもらったり、オープンキャンパスに行くときに待ち合わせて上野動物園に行ったこともあった。



そのとき、わかったのだった。
あのころのわたしには、いやな目にあっても、べつな居場所があった。

習い事をいくつかやらせてもらっていて、それぞれの教室で仲の良い年上の人や、年下の子、他校の子たちがいた。

彼女たちはだれもわたしをばかにしなかった。
攻撃しなかった。

ただそこにいることを肯定してもらえる。
それがわたしを支えていたのだ、と。


(上に載せた記事でのいやなことがあったので、SNSは見なくなってしまい、アカウントものちに消して、携帯も水没し、4つ年上の彼女の連絡先がわからなくなってしまったことはとても後悔している──)


新卒時代のわたしにとって、上京したての東京は、とても孤独な場所だった。

彼氏とは半同棲状態で、彼以外にわたしの支えになるものはなにもなかった。
彼がいたからこそ、弱ったものの、完全にこころが折れなくて済んだけれど、もしいなかったら……?

そう考えると、ぞっとするのだ。



あれから当時の彼氏と結婚し、8歳と5歳の子どもたちの習い事の送り迎えに、毎日追われている。

姉弟それぞれで異なる”やりたいこと”をさせているので、平日の午後から夜にかけて、わたしにはまったく休みがない。

場所によって自転車と電車とバスと徒歩を使い分けて、毎日まいにち移動する。
正直つらい。土曜日の朝はくたくたで誰よりも遅く起きるくらいには。

でもそれでも、子どもたちにとって「学ぶ」以外の目的もあるから、がんばろうと決めている。


いくつかある習い事のうち、あるスポーツをする曜日、子どもたちは特にたのしそうだ。それぞれが仲の良い他校の友だちや年上の友だちと安心して遊んでいるのが見られる。


このバレンタインに、娘は習い事で生まれてはじめての”チョコ”をあげた。

2つ年上の女の子への”友チョコ”だった。
折り紙を使って1時間もかけて箱とリボンをつくり、ラッピングにも凝っていた。


ほっとする。

どんなに気をつけているつもりでも、人間関係がうまくいかないことはある。
自分に原因がなくても、巻き込まれることだってある。

だからこそ、万が一学校で居場所を失っても、どこかにつながりを持ってほしい。
安心できる居場所を持っていてほしい。

そう思いながら、わたしは子どもたちの居場所づくりをがんばっている。



いまのわたしに”唯一”は決められなくなった。夫だけじゃなく、子どもたちも、猫もいるからだ。

友だちだってそう。
”たった一人の親友”だけがいればいいと思っていたけれど、そう思っていた友だちとは住む場所が遠く離れて会えなくなってしまった。


いまは、ふたりの子どもたち合わせて、50人近い”ママ友”がいる。


もちろん、”ママ友”というくくりにすると”仲の良さ”の濃度に差はある。

個別に遊ぶ”仲良し”のひと、大人数のときに遊ぶ”友だち”、その場だけだけど楽しく話せる人……。

でも、どのママと過ごす時間もたのしい。


そう考えてみると、学生時代特有の、あの重だるい感じって、だれか特定の人に依存してしまうのもあったりするのかな、なんて思ったりもする。


あのとき、真っ白なセミナー会場で講師役のあの男性が言っていたのは、こういうことなのかもしれないと思った。
こころを預ける場所がいくつもあれば、ずっとかろやかに生きられる。

そしてそれはリアルでのつながりに限らないのかもしれない、とも思うのだ。



10年間、ほとんど孤独にブログと仕事をやってきたわけだけれど、去年からnoteを再開してみて、いろいろな人とコメントのやりとりをする機会ができた。

顔写真が載っていたり、年齢やライフスタイルが書かれていれば別だけど、とくに書いていなければ性別も年齢もわからない「文章」だけでつながっているわけで。

それでも楽しいし、学びもあり、癒やされる。

不得手な「しゃべる」ということをしなくてもいいので、滑舌や言葉選びを気にしないでいいのも助かる。

noteは気がつくと、わたしにとって安心して過ごせる、第三の居場所になっていたのだった。


わたしはメモに書いてある文章をこう直した。

「たくさんの”唯一”を大切にする」



(4,000字)



▼今回は乃井 万さんのこちらの記事が気になって書いてみました。(はじめまして!)


もう少し具体的なはなしをします。

あくまでわたしの体験談からの気づきなので、ほかの方に当てはまるかはわからないのですが…

●自分とまったく違うライフスタイル・年齢・性別などの相手とつながれる環境って発見が多いかもしれません。

自分の経験を振り返ると「同年代よりちょっとだけ年上の女の子」「年下の女の子」と仲良くなりがちでした。逆に「高校生のときに仲良くしてもらった社会人の人」なんかも。同い年で同じ性別だと、ライバル意識が生まれたりすることもあるのかなって。そういう意味で「違い」が受け入れのベースになったりするかもしれません。

●オンラインでつながれる場所もありかも

10年近く、家事をがんばりたい方のための無料の居場所をオンラインで提供しています。こちらは、「とっておき家事」というわたしが提唱しているアイディアを中心につながっているので、みんなで日々の家事の成果をのせたり、自主的な企画が生まれたり、いろいろです。自主的にオフ会を開いたりもなさっていました。
「核となる取り組み」がひとつあると良さそうです。
一方で、盛り上がると「参加できない自分」に負い目を感じてやめる方もいたので、気軽に休める環境づくりもありかもしれません。

●自己紹介の大事さ

子の幼稚園のクラスLINEができました。30人いる中で、20人くらいが集まって公園で遊んだりできるくらいには仲がいいです。この時喜んでもらったのが「自己紹介ノート」なんです。トークだと流れるので「ノート」を使います。質問に沿って開示できる範囲で自己紹介を書き込んでもらったら「名前と顔が一致しないときに見れて助かった」とか「共通点を見つけて話せてよかった」といった声をもらいました。
就活のセミナーを受けたときも、事前に「自己紹介」をしたセミナーと、しなかったセミナーでは雰囲気がまったく違いました。
自己紹介というか「話題のきっかけになるもの」があることが大事なのかもしれません。

▼募集記事は、紫吹はるさんの記事で知りました。

▼ここに共感してしまって……><

他の人が気にしないところまで、気にしてしまうようになった。そして「優しいから」とそれだけの理由で、色々なことを押し付けられてしまうようにもなった。
常に頭の中はフル回転で、邪魔にならないように、それでも何を求められているのかを、意識して動いている。耳からも目からも、情報が多すぎて、一日働いただけで、わたしの一週間分くらいのエネルギーは削られていく。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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