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その常識、ブッダならどう見るだろう?⑲|「私」と「他人」は本当に別々なのだろうか?


私たちは「自分」と「他人」を分けて考える


「これは私の仕事。」

「それはあなたの問題。」

私たちは普段、「私」と「他人」をはっきり分けて考えています。

もちろん、それは社会生活を送る上で必要なことです。

責任の所在を明確にしたり、役割を分担したりするためには、「私」と「あなた」の区別は欠かせません。

一方で、本当に私たちは、完全に切り離された存在なのでしょうか。

一人で生きている人はいない


朝、目を覚ます。

水を飲む。

食事をする。

仕事へ向かう。

当たり前に思える毎日の中にも、数え切れないほど多くの人が関わっています。

食べ物を育てた人。

運んだ人。

電気や水道を支える人。

そして、

家族や友人、

職場の仲間、

これまで出会ってきた人たち。

私たちは、一人で生きているように見えて、実は無数のつながりの中で生きています。

ブッダは何を見ていたのだろう?


縁起という考え方は、

「すべてのものは関係し合いながら存在している」

という世界の見方です。

華厳思想では、この考え方がさらに発展し、

「一つひとつの存在は、互いに影響を与え合い、支え合いながら成り立っている」

と説かれました。

つまり、「私」という存在も、

他者との関わりを離れて、単独で存在しているわけではありません。

今の自分は、

これまで出会った人たち、

学んだこと、

経験したこと、

そして社会そのものとの関係の中で形づくられています。

AI時代だからこそ考えたいこと


AIは、一人でも多くのことをできるようにしてくれます。

文章を書く。

調べる。

分析する。

以前なら誰かの助けが必要だったことも、

一人でできるようになってきました。

しかし、だからこそ忘れてはいけないことがあります。

新しい発想は、人との対話から生まれることがあります。

信頼は、人との関係の中で育ちます。

そして、誰かを思いやる気持ちも、人とのつながりの中で育まれます。

AI時代だからこそ、効率だけではなく、

「つながり」の価値を見つめ直すことが大切なのではないでしょうか。

「つながり」から世界を見る


もし、「私」と「他人」を完全に切り離して考えなければ、

世界は少し違って見えてくるかもしれません。

誰かの喜びは、自分の喜びにもつながる。

誰かの苦しみは、自分とは無関係ではない。

そんな視点が生まれると、競争だけではない、

「支え合い」

という選択肢も見えてくるかもしれません。

ブッダならどう見るだろう?


私たちはつい、「私」と「他人」を分けて考えてしまいます。

けれどブッダなら、

「本当に、その境界は絶対的なものだろうか?」

と問いかけるかもしれません。

私たちは、一人で生きているように見えて、

実は多くの人とのつながりの中で生かされています。

そのことに気づいたとき、

世界はこれまでとは少し違って見えてくるのではないでしょうか。

このマガジンについて


AIやDXの進展によって、私たちの働き方や生き方は大きく変化しています。

現代社会では、

  • 自分らしく生きよう

  • 自分の軸を持とう

  • 差別化しよう

  • 成功を目指そう

といった価値観が広く共有されています。

一方で、約2500年前のブッダは、まったく異なる視点から人間や世界を見ていました。

このマガジンでは、

「現代社会の常識を、ブッダならどう見るだろう?」

という問いを通じて、

働き方、キャリア、組織、人間関係、そして生き方そのものについて考えていきます。

現代社会の価値観を否定したいわけではありません。

また、仏教の考え方が絶対に正しいと言いたいわけでもありません。

大切なのは、一つの価値観だけで世界を見るのではなく、異なる視点があることを知ること。

そのことで、私たちの選択肢は少し広がるのではないかと思っています。

参考文献竹村牧男『唯識・華厳・空海・西田――東洋哲学の精華を読み解く』青土社、2024年

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