頭の中が静かになった日—思考が止まり、感覚が戻ってきた体験|リシケシ・ヨガ留学回想録vol.7
はじめに

仕事も日々の生活も、それなりに充実している。でも、どこか「何かが足りない」ような感覚が抜けない。
そんな思いを抱えていた頃、私はインド・リシケシで1ヶ月間のヨガのティーチャートレーニングを受けました。
その一環として訪れたのが、ガンジス川の上流にあるヴァシシュタ・ケイブ(Vashishta Cave)でのリトリート。
深い山々に囲まれたその地は、白い砂の河原と、ブルーグリーンに透き通る川。静かに吊り橋が架かり、洞窟の奥では今もヨギーたちが瞑想にふけっています。
そこで体験したことは、思いがけず、「自分とは何か」「感覚とは何か」を揺さぶるような出来事でした。
沐浴という、「今ここ」に戻る儀式

この地で私が行ったのは、108回、川に沈んでは浮かび上がるという沐浴。
インドでは108という数字が、煩悩の数、宇宙の構造、祈りの数珠など、さまざまな意味で神聖視されています。
最初は「冷たい!」「あと何回?」という思考がぐるぐるしていたのですが、数十回目を超えたあたりから、感覚が静かにほどけていくのを感じました。
空の色、肌に触れる水の温度、川の音、時間の流れ……。それらが少しずつ遠のいていき、気づけば、「ただ意識だけが、そこにある」という感覚に包まれていました。
自分の境界が、少しゆるむ

この体験を通して感じたのは、私たちは普段、「私」と「外の世界」の間に明確な線を引いているけれど、実はその境界は、もっと柔らかく、曖昧なものなのかもしれないということです。
仕事や役割、SNSや時間に追われていると、つい自分を「輪郭のはっきりした存在」として捉えがちです。
でも、ほんの数十分、自然と一体になるような時間を持つだけで、その輪郭はやさしくゆるみ、視野も感覚も広がっていく。
「自分って、こういう存在だったのかも」そんな新しい感覚が、静けさの中から立ち上がってきました。
「整える」は、特別なことではない

このように書くと、「インドに行かなきゃ体験できないの?」と思われるかもしれません。でも実際には、この体験の本質は、どこにいても育てていける感覚だと思っています。
私たちは、頭で考えることに長けすぎて、「感じる」「ただ在る」という力を忘れがちです。
自然の中で過ごす。スマホを手放して呼吸に意識を向けてみる。ふと立ち止まって、五感で世界に触れてみる。
そんなささやかな時間のなかに、自分を整えるヒントは、いつも隠れているのかもしれません。
あとがき

ヴァシシュタ・ケイブでのリトリート体験は、私にとって「意識のリセットボタン」のようなものでした。
忙しさや刺激に埋もれて見えなくなっていた「静けさ」や「つながり」が、あの川辺で少しずつ戻ってきたような気がします。
日常に戻っても、その感覚はどこかで生き続けていて、必要なときに「今、ここに戻る」ためのアンカーになってくれているように思います。
マガジンのご紹介
ヨガ留学の回想録をマガジンにまとめています↓
2018年、インド・リシケシで1ヶ月間のヨガティーチャートレーニングを受けました。
ガンジス川のほとりにあるアシュラムでの修行生活、価値観の違いに戸惑いながらも、静かに深く、自分と向き合った日々。
「生きること」と「整えること」について、哲学的に振り返るエッセイシリーズです。
もしよければ、スキやフォロー、コメントなど、お待ちしています!
