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「疑う」より「信じる」方が、よっぽど賢い|シリーズ:今日も天風さんに聞いてみる vol.22

こんにちは、野村りなです。

このシリーズでは、実践の人・中村天風さんの言葉をヒントに、仕事でも人生でも、しなやかに成果を出していきたいビジネスパーソンに向けて、日々の考え方や行動を少しずつ整えていく視点をお届けしています。


今日の天風語録

疑いの方から考えようとするから、自分というものが小さな存在になってしまっている。

中村天風(1998). 「運命を拓く」. 講談社.

ドキッとするこの一言。

私自身、過去に何度も思い知らされた経験があります。

「この企画で本当にいいのかな?」
「私にこれをやる資格があるんだろうか…?」
「ちゃんと結果出せるかな?」

そんなふうに疑いながら進んでいた頃、私はいつも自信がなく、エネルギーも出ず、自分がどんどん小さくなっていく感覚を抱えていました。

証明の世界と、生命のジレンマ


私は今年3月、人間学の修士課程を修了しました。修士論文では、人間の存在や生命について、哲学・宗教学・心理学・生物学の視点から探究しました。

でもその過程で、強く感じたジレンマがありました。

生命って、本来は「ピュシス(自然の生成する力)」として脈打つもの。ところが学術の世界では、それを「ロゴス(論理)」に分解して扱わなければならない。生命のダイナミズムを、言語の枠に押し込めるような窮屈さを感じていました。

まさに天風さんの言う通り、「証明できること=本当のこと」とする科学的な態度の先に、人間の本質はあるのだろうか?と、何度も自問しました。

ヨガの修行で感じた「信じる力」


そんな私が心の底から納得できたのが、インドでのヨガ修行の体験です。

ヨガ哲学の根本には、「心と体はひとつ(心身一如)」という考え方があります。人間は、心・体・魂からなる多層的で、本来ひとつにつながったホリスティックな存在と捉えられています。

そこでは、「証明」はそれほど重要ではなく、自分の感覚や内なる生命の流れを「信じて委ねる」という在り方が重視されていました。

あのとき私は、自分の心と体、そして自然とのつながりを、頭でなく全身で感じていたと思います。説明できなくても、そこには「確かさ」があったのです。

ビジネスも、まずは「信じる」から


これは、ビジネスの現場でも同じだと感じています。

「このプロジェクト、いける気がする」
「私はこれをやるべきだと感じている」
「この人となら、面白いものがつくれる」

そんな「感覚」を信じて動いたときのほうが、結果的にうまくいくことが多かったように思います。逆に、「失敗したらどうしよう」「リスクが…」と疑いから入ると、動きが鈍くなってチャンスを逃すことも。

信じることは、決して非論理的なことではなくて、「自分という生命の声にYESと言うこと」なのだと思います。

「信じる」から、道が拓ける


「信じる」から道が拓ける——

天風さんのこの教えを思い出すたびに、私は背筋を正したくなります。

信じるとは、

  • 相手を信じることでもあり、

  • 自分の感覚を信じることでもあり、

  • 生命の流れを信じてみること。

疑いからではなく、信じることから一歩を踏み出す。

その一歩が、世界の扉を開く鍵になるのだと、私は信じています。

今日も、自分の中の「ピチピチ」した生命の声に耳を澄ませてみたいと思います。


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