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「自己愛=自分を愛すること」って、本当にそう?

最近、つくづく思う。

自己愛とか自愛って、
自分を“愛そうとする”
そういうことではないのかも、と。

そもそも
元々自分は“愛”で出来てる
ってことを思い出すことなんだと思う。


生命体としての神秘性は
どの生物も途方もなく高くって。

肉体だけ見てみても
どれだけ精妙にできてるか。

むかしむかしに、
資格取得のため学業で得た生化学の知識が
今になって効いてきた。

本質的なものと、一部、カチッとハマる。  

生命体の中で、細胞レベルでどれだけ
連携を取り、調節して、
命を保持し、存在させてるか。


何が、そうさせてるのか?
そのエネルギーの源は、何か?
 


“愛”
とか、“神”としか
表現しようがないよね、結局。

“いのち”
は、科学的根拠の枠内になんて
収まりきれるわけがない。

3次元といわれる身体も、
そんなに単純なものじゃないよ。

高次元と繋がることに憧れを持つよりも、
高次元と繋がっていることに
優越を感じるよりも、
もっと身近に、自身の内奥に、
もっと大切なものがあるでしょう?
…って思ったり。


“愛”
って 様々な色合いがあるけど、
根本的なものは動詞じゃない。

本質的な色の“愛”って、
”愛する”じゃないんだよ、きっと。


元々、そこに在るもの。
当たり前の中に在るもの。


自分という存在を構成している
“愛”そのものに氣づくこと。
 
目の前に映る自然の中の
生命体の神秘を観察することは、
自分の神秘性にも
自分を創っている愛にも氣づきやすい。  
 

自宅マンション敷地内に咲いてた花


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