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【掌編小説】夜に釣り

夜に釣り

夜に釣りに出かけるなんて、何年ぶりだろう。
懐中電灯と、小さな折りたたみ椅子。コンビニで買ったあったかい缶コーヒーと、おにぎりがふたつ。

「パパ、ほんとに釣れるの?」
後部座席でチャイルドシートに収まった息子が、眠たげに聞く。

「さあな。釣れたらラッキーだ」
「ラッキーってなに?」
「幸運ってこと」
「こう、うん……」
「……なんか、うれしいことがあるってことだよ」

人気のない川べりに車を停める。空には、こぼれそうなほどの星。
草を踏む音も、虫の声も、すべてが“ひさしぶり”で、どこか懐かしかった。

川の水面に浮かぶウキを眺めながら、息子は小声で言った。
「なんか、たのしいね」
「そうだな」

釣れるかどうかより、今こうしてふたりで並んでいることが、すでにラッキーなのかもしれない。
仕事、保育園、夕飯、風呂、寝かしつけ――
そんな毎日に追われて、何かを“ゆっくり待つ”時間なんて、忘れていた。

「……パパ」
「ん?」
「うちゅうって、ほんとにあるの?」
「あるよ」
「じゃあ、うちゅうにも、つりってあるのかな」

想像の世界で飛び跳ねる息子のことばが、夜の川に、やさしく波紋を広げる。

そのとき、ふいにウキが沈んだ。
「あっ! パパ! きた! ラッキーきた!!」

笑いながら、ふたりで釣り竿を引っ張った。
小さな魚一匹。でも、それはきっと、宇宙より広い“今”という瞬間を、私たちにくれた。

缶コーヒーのぬるさも、おにぎりの塩けも、すべてがあたたかかった。

<完>



*あとがき*
#シロクマ文芸部 さんのお題で綴った掌編小説です。
私に息子はおりませんが、夜に釣りは、父と息子の方がしっくりくるのかなと。
2歳の娘が私の「ラッキー」と言う言葉に「ラッキーって?」とたずねてきたのを思い出しました。読後にあったかい気持ちになっていただければ嬉しいです。

喜木 拝

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