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小さな「痛み」の質感

中学生のころ、部活終わりに
体育館で先生と雑談していたときのこと。

何の話の流れでそうなったのかは、
もうすっかり忘れてしまったけれど、
顧問の先生がぽつんと


「いま、ここにいるだけで
 俺は誰かを傷つけているかもしれない」

と言っていたことを
ふと思い出しました。

なぜ、いまこの言葉が浮かんできたのか、
ちょっとわからなかったんですけど。


SNSやいろんな場所で、
「こうしなきゃ変われないよ」とか
「これが正解です」というような、
強い『断言』の言葉を目にすることが増えました。


迷っているとき、
そんなふうにハッキリ言いきってもらえると、
一瞬、救われたような気持ちには、なります。


だけど、わたしは正直なところ、
そういう強い断言が、あまり好きじゃないです。


責任逃れしているのか、と
自分に問い直してみることもあったんですが。

いまのわたしの見解は、
ひとつの正解でピシャリと扉を閉めてしまうような、
可能性を探る過程の、グラデーションまでもを
全部断ち切ってしまっているような気がするから。


でも、
断言をすることによって、
一点集中する環境をつくり出して
誰かを引っ張り上げようとする強さもまた、
ひとつの誠実さだと思うようになりました。


ただ、何かひとつを選ぶということは、
それ以外の可能性を除外する、ということ。


部活の先生が、ぽつんと言った
「いま、ここにいるだけで、
 誰かを傷つけているかもしれない」


当時は意味が分からなかったし、
「え?突然?ちょっと怖い」
とすら思っていたんですけど、

いまなら、少しだけわかるような気がするんです。


わたしたち生徒のために、
部活の時間を延長して向き合おうとすればするほど、
先生の大切な誰かを待たせたり、
寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。


ひとつの道を大切にしようとすることは、
時として、別の何かを手放すことにつながる。


正解やルールだけできれいに割り切ろうとすると、
そこからこぼれ落ちてしまうような、
小さな痛みがあるように思います。


断言は必要なときは、ある。

でも、そこからあふれてしまうグラデーションも、
わたしは同じくらい大事にしたい。


どちらか片方だけが正義とか正解と決めつけすぎずに、
その狭間で揺れることも感じ取りながら。


痛みも、迷いも、全部ひっくるめて
それでもわたしの道を進んでいくこと。


あの日の先生も、
きっとそうやって生きていたんだろうな、
と思います。


では、また。



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今回も、最後までお読みいただき
ありがとうございます。


誰かがポツリと言っていたけれど、
なんとなくこころの片隅に残り続けている言葉は
ありますか?

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使い方、まだよくわかってません…苦笑
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