答えを渡すこと、関わり方を渡すこと
以前、編集の仕事をしていたとき、
「これ、どうすればいいですか?」って、
キャッチコピーの調整や、
商品の見せ方、切り口の調整、
ちょっとしたコラムをつくる際に
後輩から質問を受ける場面がよくありました。
締め切りまでの時間が迫っているときには、
「わたしならこうするかな」と、
そのまま使えるカタチにしたものを
見せてしまうこともあったけど。
でも、少し余裕のある時には、
あえて答えは渡さずに
「資料から内容切り取れそうなところなかったかな?」
「リニューアル前との違いを見せるのもありかもね」
「メーカーさんに、改めて
どう打ち出したいか聞いてみてもいいかも」
そんなふうに、
いくつかの『見方』を渡すようにしていました。
そのうち、
後輩は自らメーカーさんとも
直接やり取りするようになっていて。
気づいたときには、
「ほかの見せ方で
こんなのも考えたんですけど、どう思いますか?」
と、答えを聞きに来るのではなく、
相談してくれる頻度が増えていました。
立場にかかわらず『編集の一員』として、
一緒に場をつくっているような感覚。
この関わり方が
「コーチング」と呼べるものなのかは、
正直、よくわかりません。
でも、ひとつ思うのは
「答えを渡すこと」と
「扱い方を一緒に見ていくこと」は、
質が違うということ。
すぐに正解にたどり着くことも、
もちろん大切な場面ってあります。
だけど、
どう考えるのか。
どんな視点があるのか。
どれくらい可能性が広がるのか。
その「選択肢」を持っているだけで、
同じように迷ったときに、
その人自身が選ぶ基準に立ち返ることができる、
と思うんです。
わたし自身、これまで
「みんなが言っているから」
「みんなが持っているから」
「みんながやっているから」
そういう理由で選ぶことに、
引っ掛かりを感じてきました。
「みんな」という
安心感があるのもわかるんですけど。
かつて、ネタにもされてましたが
「赤信号、みんなで渡ればこわくない」
って精神みたいで…正直ちょっと苦手…苦笑
とはいえ、
新しいものを試すのが楽しかった時期もあったし、
流行に触れること自体を
否定したいわけではありません。
ただ、あるとき、
「みんな」や「流行」には
終わりがないということに気づいたんです。
流行に乗れば、
また次の、
誰かが作った流行に追われる。
新しいものを選べば、
また、すぐに
次の新しさがやってくる。
それよりも、
「わたしは、どう感じているのか」
「これを選びたいと思っているのか」
そこに立ち戻れる方が、
しっくりくるように思えたんです。
そんなことを思い返しているうちに、
コーチングも少し似ているのかもしれないなって
思うようになりました。
「こうすればうまくいく」
「これが正解です」
そうやって、答えを手渡されることは、
安心につながることもあります。
でも、その一方で、
気づかないうちに「自分で選ぶ感覚」を
放棄してしまうこともあるように思うんですよね。
変わることも、変わらないことも、
どちらも選べる状態でいること。
そのうえで、
迷いながらでも、
自分で触れて、考えて、選んでいく。
コーチングって、
なにかを変えたいときに
とても有効ではあるんですけど、
活用できる場面ってそれだけじゃなくて。
関わり方を少しずつ変えていく時間でも
あるのかもしれないなって思っています。
すぐに答えが出ないままでも、
宙ぶらりんなままでも。
その状態を無理に整理せずに、
どう扱っていけるのかを見ていくような。
そんな変化の過程を
大切にできるような関わり方ができたらいいな
と思っています。
今回の記事も、
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
では、また。
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