自己理解の先で、わたしが見つけたもの
自己理解を深めれば、
・迷いがなくなる。
・やりたいことが見つかる。
・自分らしく生きられる。
そう信じて、ワークをこなして、
ノートを埋めてきたわたし。
でも、ある時期から気づいたんです。
自己理解を重ねるほど、
迷いがなくなるどころか、
むしろ「わからないこと」が増えていく、と。
これって、失敗なのかな…。
まだ足りないってことなのかな…。
しばらくそう思っていましたが、
どうやらそれも、違ったみたいです。
► 自己理解は「答え」じゃなく、
「問い」をくれるものだった
自己理解が深まると、見えてくるものがあります。
自分が大切にしていること。
譲れない感覚。
心地よい状態と、そうでない状態の境目。
でも同時に、こんな問いも浮かんでくる。
「それを大切にして、どう生きたいんだろう?」
「わかったはずなのに、なぜまだ迷っているの?」
自己理解は、迷いを終わらせるゴールではなくて。
もっと深いところにある
『問い』への入り口だったんです。
►『自分を知ること』と
『どう生きるのか』は、別の話
自己理解でわかるのは、
「自分がどんな人間なのか」ということ。
でも、
「どう生きるのか」は、それだけでは決まりません。
価値観がわかっても、選択は迫ってきます。
強みが見えても、どこで活かすのかは別の問い。
「在りたい姿」が描けても、現実との間には霧がある。
自己理解と、生き方の選択は、
地続きに見えて、実は別のレイヤーにあるんですよね。
だから、自己理解をどれだけ重ねても、
「で、どうすればいいんだっけ…?」と
立ち尽くしてしまうのは、
当たり前のことだったんです。
► 迷いが残るのは、
自分に正直でいられている証拠
自己理解の先で迷い続けているとき、
わたしは長い間、
「まだ理解が足りていないんだ」と思っていました。
でも、いまは少し違う見方をしています。
迷いが残るのは、
どちらも大切だから。
どちらも、自分の中にちゃんとあるから。
それは、自己理解が浅いのではなくて。
自分に正直でいられているサインかもしれない。
答えを急いで出すより、
「何と何の間で揺れているのか」を
ただ眺めてみること。
その揺れの中に、
次の1歩へのヒントが宿っていることの方が
わたしには多かったように思います。
► 自己理解の「先」にあるもの
自己理解は、ゴールではありません。
自分の感覚を置き去りにしないための、
地図のようなもの。
地図があっても、どの道を選ぶのかは
その場に立った自分にしかわからないもの。
だから、自己理解を重ねた先で迷っているあなたは、
なにも間違ってないんです。
むしろ、地図をちゃんと手にしているからこそ、
「ここはどこだろう?」と立ち止まれている。
行き先の選択肢が、増えている。
だから、停滞と捉えるのではなく、
自分の感覚を大切にできているんだ、と
感じてほしいと思います。
自己理解をしてきたのに、
迷いが消えないことで自分を責めているのなら、
それは、立ち止まって吟味できるくらい、
自分の感覚が育ってきたということかもしれません。
今回の記事も、
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
では、また。
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