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学歴に惑わされるな  大切なのは、どんな人であるかということ


学歴にこだわって、 知らず知らずのうちに子どもを追い詰めてしまっている親御さんへ。



学歴の話をしているようで

実はずっと見ないふりをしてきた

自分の痛み の話でもあります。

子どもに求めてしまったもの

満たされなかった幼い頃の夢

そしてようやく気づけた「本当に大切なこと」

これは、そんな私の気づきの記録です。

私はずっと、

「いい大学に行けば安心」

「学歴があれば大丈夫」

そんなふうに思い込んでいました。

学歴が人生を決める。

いい大学に入れば、将来は安泰。

そんな価値観を、疑いもせず信じていました。

でも、ある時から気づき始めた。


学歴ってそんなに大事?


私は、いわゆる 誰もが知る名門大学

と呼ばれる大学に通う学生たちの

日常の姿を間近で見る機会がありました。

勉強はできる。

就職にも有利。

親の職業も立派な家庭が多い。

外側だけ見れば、誰もが羨むような環境です。

けれど、実際に接していると

そのイメージとは違う現実がいくつもあった。

ルールを守れない子。

人を見下す態度が身についてしまっている子。

注意すれば、ああ言えばこう言う。

自分の部屋すら片づけられないのに

プライドだけは大きく育ってしまった子。

もちろん全員ではない。

素直で努力家の子もたくさんいる。

でも私は思った。

大学名は、その人の中身を保証してくれない。

 もっと大切なことに気づくまで


中卒でも、誠実に働き、

周りから信頼され

自分の人生をしっかり歩いている人はたくさんいる。

かたや、 有名大学を卒業していても

その肩書きに見合わない生き方をしてしまう人もいる。

中には、道を踏み外してしまう人だっている。

その現実を見たとき、 私はようやく気づいた。

学歴は、その人の 外側 を説明してくれるだけで

 中身までは語ってくれない。

過度な期待がどれほど傷つけていたのか


そして、もっと苦しい真実にも気づいた。

子どもに求めていたものは

子どもの幸せではなく

 親である私の自己満足だった。

いい大学に行ってくれたら

私は鼻が高くなる。

周りから「すごいね」と言われる。

自分の価値が上がったように感じられる。

そんな思いが、 心のどこかに確かにあった。

私は、 学歴が高い人を羨ましがり

学歴が低い人をどこかで見下し

自分の価値を守ろうとしていた。

だからこそ、 子どもにも 立派さ を求めてしまった。

その結果、 傷ついたのは子どもだった。

私が惑わされていたものを

 そのまま子どもに背負わせてしまった。

その事実に気づいたとき、 胸の奥がずっと痛かった。

 劣等感と、幼い私が抱いていた夢


きっと私は、自分に劣等感があったのだと思う。

その穴を、子どもで埋めようとしていた。

でも、その劣等感の根っこには、 もっと幼い頃の私がいた。

まだ小学校にも通っていない保育園児だった頃

私はこう言っていた。

「大学に行くんだ」

「勉強して偉い人になるんだ」

「地元の進学校に行くんだ」

誰に言われたわけでもない。

ただ、そう思っていた。

幼い私は、

大学に行くこと 

自分の価値を証明する方法だと信じていたのかもしれない。

でも現実は、 家計の苦しさや家庭環境の問題で

その道を選べなかった。

選べなかった自分を、 ずっと心のどこかで責めていた。

だから私は、 子どもに

「立派さ」を求めてしまった。

子どもが成功すれば

自分の中の満たされなかった部分が 少し軽くなる気がした。

でもその結果、 傷ついたのは子どもだった。

 歩けなかった道と、歩いてきた道


私は高校のとき、工業高校で化学を専攻していた。

実験が好きで、白衣に憧れていた。

化学の授業は楽しくて、もっと学びたいと思っていた。

先生からは進学を勧められ、 高専に推薦で行けるという話もあった。

でも、私はその道を選ばなかった。

選べなかった、というほうが正しい。

家計は苦しく、 早く働いて家を出たかった。

お金の心配もあったし、 何より

 あの家から一刻も早く離れたかった。

おじさんは「学費は出すよ」と言ってくれた。

その言葉は本当にありがたかった。

でも、私は甘えられなかった。

甘えるという選択肢が、 当時の私には存在しなかった。

もしあの時進学していたら

きっと全く違うキャリアを歩んでいたと思う。

白衣を着て、化学の世界で働いていたかもしれない。

でも私は結婚し、仕事を辞め

その後の再就職で調理師免許を取った。

離婚も再婚も経験した。

そのどれもが、 今の私をつくっている。

あの時の私は、

生きるために 進学より働くことを選んだ。


今なら迷わず進学を選びます。

でも、あの時の私は選べなかった。

そして今は、 その全部を含めて

「これも面白い人生だな」と思える。

私は高卒です


だからきっと、 「お前に言われたくない」 そう思う人もいるだろう。

でも私は気づきました。

実は私は

 自分が高卒であることがずっと恥ずかしかった。

まして、工業高校。

私の時代の工業高校のイメージは

不良が多い バカ高校

そんなレッテルを貼られていました。

女子もほとんどいなくて

私のクラスは40人中4人だけ。

そして何より

 望んで選んだ学校ではなかった。

本当は、地元の学校に行きたかった。

地元の友達と同じ学校に通いたかった。

でも、家庭環境が崩壊していて

私は地元から離れざるを得なかった。

だから、工業高校。

そこは父の母校でもあり

姉も通っていた学校でした(姉の科は女子が多かったけれど)

しかも私は推薦で入れたので

「ラッキーだった」と思う反面

どこかで 選ばされた ような気持ちもあった。

そんな複雑な思いが

ずっと胸の奥に残っていたのだと思います。

学歴で人を判断していたのは、 誰よりも私自身だった。

人を見下したかったわけでも、 比べたかったわけでもない。

ただ、 学歴という価値観 に縛られていたのは、

子どもでも社会でもなく、 私自身だったのです。

そのことに気づいたとき、 ようやく心が少し軽くなった。

学歴よりも大切なこと


学歴よりも大切なのは、 その人がどんな

人となり で、 どんな あり方 で生きているかだ。

どんな大学に行ったかではなく

どんな心で人と向き合ってきたか。

どんな肩書きを持っているかではなく

どんな選択をして、 どんなふうに生きようとしているか。

人の価値は、学歴では決まらない。

どう生きるかで決まる。

私はようやく、 そのことに気づけた。


最後に、あなたへ


学歴に惑わされなくていい  

大切なのは、どんな人であるかということ。

学歴というラベルに、 あなたの価値を預けていませんか。

肩書きや大学名よりも、 あなた自身の あり方 を誇れていますか。

学歴は、あなたの外側を飾ることはできても

あなたの中身をつくることはできない。

誇りにすべきなのは、 どんな大学に行ったかではなく

 どんな人として生きてきたか。

私は今、 そう静かに思っています。



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