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【エッセイ】プロフィールなし「何者か」になるのをやめてみた

ずっとやってみたかったことがあって。

プロフィールもSNSで発信もない。
何者でもないアカウントで
自分の気持ちをそっと残してみること。

いつからだろう…
「何者か」でなければいけないような
息苦しさを感じるようになって。

誰かの期待に応えるために
自分を飾ったり
アカウントのイメージに合わせて
自分を演じてみたり。

そんな窮屈さから
ふっと自由になりたかったんです。

だからひとつぐらい
そんなアカウントがあっても
いいかなって。

あなたは誰で何をしている人?
発信ジャンルはなに?
フォロワーは何人?

そんな問いに答える必要なんてない。

もしかしたら…
それ自体が
私を小さな枠にはめ込もうとする
呪文なのかも。

肩書きや実績で
自分を定義しなくたって
私はここにいる。

だからプロフィールも
自己紹介もない。

誰?って感じ😂

「プロフィールを埋めなきゃ‥」という
見えない圧から解放されたら
驚くほど気ままに
書けるようになったんです。

肩書きのない
何者でもない私。

そんな素の自分でいられる場所が
あっていい。

まるで透明人間みたいだなって
少し笑ってしまった。
それも悪くない。

存在感をこれでもかと
主張するのではなく
ただ…そこにいるだけ。

誰かの評価を浴びることもなく
自分の想いを静かに残していく。

そもそも私がnoteを始めた理由って
とってもシンプル。

たくさんの「いいね」や
数字が欲しかったわけじゃない。

ただ私の言葉が
誰かの心に届けばいいな。
そんなささやかな願い。

その原点をずっと忘れたくなかった。

だからSNSで
「note書きました!見て!」って
声を張り上げるのはやめました。

本当に響くべき人に
自然と届くといいな。

偶然、このnoteに迷い込んだ人が
ふと私の言葉に目をとめる。

ほんの少しでも心が温かくなったり
「あぁ‥わかる〜」なんて思ってくれたり。

たとえ一人でも
私の言葉に触れて
何か感じてくれるなら
それだけでもう十分。

大きな反響なんていらない。
誰かに褒められなくたっていい。

ありのまま自分の心と向き合って
言葉を紡いでいきたい。

名前も顔も背景もいらない。
ただ「文章」だけ

私にとって
noteはそういう
「場所」なのかもしれない。

今日もここで名もなき私のまま
静かに息をしてます🌱

日記に書くようなことや
ジャーナリングで
吐き出すような言葉。

そういう飾らない言葉に
出会えたらいいな。

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