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うつ病&無職のシングルマザーが、ブログで会社員時代の給料を越えるまでにやったこと

はじめに:誰かの役に立つかもしれないから、昔の"私の話"を

夜桜りこです。

このnoteを手に取ってくれたあなたに、まずはお礼を言いたいです。

私の十数年前の話なんて、本当に価値があるのかって迷いながらも、「誰かの背中を押せるかも」と思って書くことにしました。

今の私は法人化して、AIを活用した情報発信ビジネスをしているけど、スタート地点は「うつ病で働けなくなった無職のシングルマザー」だったんです。

当時は毎日が不安で、将来への見通しが全く立たないまま生きてました。

でも、そんな私でも「ブログ」という武器を手に入れて、半年後には会社員時代の給料を超える収入を得られるようになったんです。それも在宅で、自分のペースで。

「ブログで稼ぐ」なんて今では当たり前かもしれないけど、2007年当時はまだまだ怪しい存在でした。

そんな中で試行錯誤しながら掴んだ成功のヒントを、あなたにもお伝えしたいと思います♪

今と違って、希望なんてなかった日々

今思い返すと、あの頃の私は本当に「希望」を見失っていました。

朝起きるのも辛くて、子どもに笑顔を見せるのも精一杯。「明日はもっと良くなる」なんて、とても思えなかった。

うつ病って、なってみて初めて分かったんだけど、「頑張ろう」と思えない病気なんです。

「頑張れ」って言われても、どうやって頑張ればいいのか分からない。そもそも「頑張る」ための気力すら湧いてこない。

そんな状態で「子どもを育てなきゃ」「お金を稼がなきゃ」というプレッシャーだけがのしかかっていました。

今でこそ「うつ病への理解」も広まってきたけど、当時はまだまだ。「甘えているだけ」って思われるのも怖かった。

でも、そんな暗闇の中で見つけた小さな光が、私の人生を変えるきっかけになったんです。



第1章:会社を辞めた、うつ病のシングルマザーだった

涙も出なかった、でも子どもは育てていかなきゃいけなかった

会社を辞めたのは2007年の春でした。

正確には「辞めた」というより「辞めざるを得なかった」んです。

朝になると動悸がして、体が震えて、会社に行く途中で何度も引き返した。そんな日々が続いて、「もう無理かもしれない」と思うようになりました。

辞める前の数ヶ月、辞めるか頑張り続けるか悩みに悩み続けました。

そしてどうしようもなくなった時、当時同居していた両親に相談したんです。

すると父も母も私の状態をちゃんと見ていてくれて、母は「辞める人生も悪くないと思うよ」と言ってくれました。

父は「◯◯(私の子どもの名前)が大学を卒業するまで父さんが面倒をみてやることができるから、もう無理するな」って言ってくれて。

その言葉で、ようやく決心がついたんです。

不思議なことに、辞める決断をした時、涙も出なかった。感情が麻痺していたのかもしれません。

ただ、頭の中では「これから先、どうやって子どもを育てていけばいいんだろう」という不安だけがぐるぐる回っていました。

実際は同居していたので、食事に困ることはありませんでした。だけど小さかった子どもをこれから先、育てていくためのお金についてはすごく悩みました。

離婚した元旦那は養育費を払ってくれませんでしたしね。

今は一時的に親の世話になれたとしても、まだまだ長い年月がこの先、待っているわけですから。

「働けない」のに「働かないと生きていけない」矛盾

一番辛かったのは、この矛盾です。

心も体も「もう働けない」と悲鳴をあげているのに、「働かなければ生きていけない」という現実。

正直、再就職する自信はまだありませんでした。人に会うことが精神的にできなくなっていたので。

それに「また同じように潰れてしまったらどうしよう」という恐怖もありました。

うつ病の症状で夜も眠れず、昼間はずっと横になっていることも多かった。寝たきりで昼間なのに部屋を真っ暗にしていて、子どもが私に近づけない状態でした。

子どもは「ママ、どうしたんだろう?」っていつもドアの隙間から眺めていたらしい。後から私の母に聞いた話です。

食事は母が用意してくれていたけど、それでも精一杯な毎日でした。

「もう普通に仕事はできないかもしれない」
「でも、何か別の道があるはずだ」

そんな思いが交錯する日々が続きました。

失業保険だけが、唯一の支えだった

そんな中で頼りになったのが失業保険でした。

会社を辞めた後、ハローワークに通って手続きをした時は、本当に心が折れそうだった。

「仕事を探します」と約束しなきゃいけないのに、実際は探せる状態じゃない。

住むところは親の持ち家で、食事や光熱費も親が面倒をみてくれていました。それ以外の子どもにかかるお金や自分の通院費などは失業保険でまかなっていました。

ただ、失業保険にも期限がある。たしか最大で180日間。半年経ったら、もう何の収入もなくなる。

その期限が迫る焦りと、「その前に何とかしなければ」という思いが、次の一歩を踏み出すきっかけになったんです。


第2章:「アフィリエイト」という言葉との出会い

ネット検索で出てきた"怪しい広告"が気になってしまった

失業保険をもらいながら、何か在宅でできる仕事はないかとネットで検索する日々。

そんな時、目に留まったのが「アフィリエイトで月100万円稼ぐ方法」みたいな広告でした。

最初は「絶対怪しい」って思ったんだけど、何度も何度も目にするうちに気になってきちゃったんです(笑)

当時の私はパソコンが好きで、高校時代からプログラムを少し触ったり、タイピングを練習したりしてたから、パソコンを使った仕事に憧れもあった。

ただ…実は過去に二回、どちらも100万規模の詐欺にひっかかったことがあったので、また騙されるのも怖くて、最初はただ情報を集める程度にしてました。

「アフィリエイト」って言葉自体、初めて聞いたんだけど、要は「ブログやサイトで商品を紹介して、売れたら報酬がもらえる」というシステム。

「本当にこんなので稼げるの?」と半信半疑だったけど、うつ病でも家でできるし、自分のペースで進められる。それが魅力的に感じました。

「本当にこれで稼げるの?」という疑念と好奇心

アフィリエイトについて調べれば調べるほど、疑問は深まりました。

「素人が書いた記事なんて誰が読むの?」
「本当にクリックして購入してくれる人がいるの?」
「これって結局、怪しいマルチ商法とかじゃないの?」

でも同時に、実際に稼いでいる人のブログも見つけて、「もしかしたら本当かも」という希望も生まれてきた。

特に印象的だったのは、主婦の方が書いていたブログ。その人は「最初は全然稼げなかったけど、3ヶ月目から少しずつ収入が出始めて、半年で月10万円を超えた」と書いていました。

その時「私にもできるかも」って、小さな希望が灯ったんです。

最初にかけたお金と時間、そして不安だらけのスタート

アフィリエイトを始めるにあたって、最初にかかった費用はこんな感じでした。

ブログの無料サービス登録:0円
参考にした情報商材:29,800円

今考えると「高い!」って思う金額だと思うけど、当時の情報商材って数万円するのが当たり前の時代だったんです。

当時はお金はなかったけど、「これで変われるなら」と思って思い切って購入しました。

後から「もっとちゃんと勉強すれば良かった」と思うこともあったけど、今思えばその「安上がりさ」が私には合ってたのかも。

そして2007年9月、ついにブログを開設。

最初の記事は今思い出しても恥ずかしいくらい拙かった(笑)。何を書いていいのか分からなくて、「今日はブログを始めました」みたいな内容だったと思う。

不安だらけのスタートだったけど、「失業保険が切れる前に何とかしなきゃ」という切羽詰まった気持ちが、私の背中を押してくれました。


第3章:毎日が手探り。子育てとブログと、少しの希望

子どもが寝てから、夜中にだけパソコンを開く日々

ブログを始めてからの生活は、本当に綱渡りでした。

朝は子どもを学校に送り出して、その後は体調が悪くてたいていベッドで寝たきりでした。

両親とも働いていたから、体調が良い時には両親への申し訳なさから、なんとか家事をこなしていました。良い日は少し外に出て買い物に行ったり、図書館で参考になる本を借りたりもしました。

でも本格的にブログに向き合うのは、子どもが寝てからの夜中だけ。

夜9時頃に子どもを寝かしつけて、その後にパソコンを開く。深夜2時、3時まで作業することもありました。

日中はうつの症状がひどく、薬を服用していたため動けませんでした。薬の力で眠っていることも多くて、夜中に頭が冴えてくるタイミングがあったんです。

それを利用して、できるだけ集中して作業するようにしていました。

翌朝は、どんなに体調が悪くても子どもを起こして送り出すことだけは欠かしませんでした。朝食は親に頼っていたけど、起こすことと送り出すことは私の役目だと思っていたから。

でも不思議と、ブログを書いている時だけは「病気のことを忘れられる」感覚があったんです。

稼げない、読まれない、途中でやめたくなった夜

最初の1ヶ月は本当に苦しかった。

毎日記事を書いても、アクセス数はほとんどゼロ。アフィリエイトのリンクをクリックしてくれる人もいなくて、もちろん報酬も0円。

「これって本当に意味あるのかな」
「私には向いてないのかも」
「やっぱり普通に仕事を探した方がいいのかな」

そんな思いが頭をよぎる夜も多かった。

特に、子どもが寝た後の静かな部屋で、パソコンの画面を前に1人でいると、不安がどっと押し寄せてくることもあったな。

ひどい時は、キーボードを打ちながら涙が出てきて、「もうやめよう」と思ったこともありました。

それでも「今やめたら一生変われない」と思った

でも、そんな時に思い出したのは「このまま稼げなかったら、私はこれから先、どうやって子どもを育てていけばいいんだろう」ということ。

正直、再就職する自信はまだありませんでした。人に会うことが精神的にできなくなっていたので。

「今やめたら、この先ずっと変われないかもしれない」
「これが最後のチャンスかもしれない」

そう思うと、どんなに辛くても続けるしかなかった。

それに、少しずつではあるけど、ブログの書き方も分かってきて、以前よりは書くのが早くなってきた感覚もありました。

そして10月末、ブログを始めて約2ヶ月が経った頃、ついに小さな変化が訪れたんです。


第4章:初めての"報酬"と、そこから見えた突破口

数百円の成果報酬、それがどんなボーナスより嬉しかった

2007年10月の終わり、アフィリエイト管理画面を何気なくチェックした時のことは今でも覚えています。

「発生報酬:432円」

その数字を見た時、最初は自分の目を疑いました。「エラーかな?」って。

でも違った。本当に誰かが私のブログ経由で商品を購入してくれたんです!もう何度も何度も管理画面見ちゃいましたね💦

たった432円。でも、生まれて初めて自分の力だけで稼ぎ出した収入ということで、本当に嬉しかった。

「私にもできる!」って、初めて本気で思えた瞬間でした。

子どもが学校に行っている時間帯だったから、家で一人で小さく叫んで、踊りました(笑)。

そして「よし、これからもっと頑張ろう」って決意を新たにしたんです。

読まれる記事と読まれない記事の差に気づく

その最初の成果があってから、もっと真剣にブログのアクセス解析を見るようになりました。

「どの記事がよく読まれているのか」
「どんなキーワードで検索されているのか」
「どのリンクがクリックされているのか」

詳しく分析してみると、あることに気づいたんです。

読まれる記事と読まれない記事には、はっきりとした違いがあったんです。

読まれる記事の特徴

  • 具体的な悩みに答えている

  • 実体験が書かれている

  • タイトルが明確で検索されやすい

逆に、読まれない記事は、「今日思ったこと」みたいな日記的な内容だったり、抽象的なテーマだったり。

この発見は私にとって大きな転機になりました。

「自分の経験」が一番響くという発見

さらに分析を進めていくと、もう一つ重要なことに気づきました。

最も反応が良かったのは、「私自身の経験」を率直に書いた記事だったんです。

例えば、子育てに関する悩みや、うつ病との付き合い方、シングルマザーとしての生活の工夫など。そういった記事は、同じ悩みを持つ人の共感を呼んでいました。

「あなたも同じ経験をしているんですね」
「記事を読んで勇気をもらいました」

そんなコメントをもらうようになったんです。

この発見は大きかった。私にとって「弱み」だと思っていたことが、実は「強み」になる可能性があると分かったから。

「うつ病シングルマザー」というレッテルは社会では不利かもしれないけど、ブログの世界では、同じ悩みを持つ人とつながるための入口になっていたんです。


第5章:失業保険が切れる前に"月収20万"を越えるまで

毎日のルーティン/作業時間の管理方法

11月に入ってからは、もっと計画的に取り組むようになりました。

この頃の私の一日のルーティンはこんな感じ

  • 7:00 起床、子どもの準備を手伝う

  • 8:00 子どもを学校へ送り出す

  • 9:00-11:00 たいていは体調が悪くてベッドで寝たきり

  • 12:00-15:00 寝たきりで過ごすことが多い

夕方~夜

  • 16:00 子どもの帰宅、なんとか起き上がって洗濯物だけは取り入れて畳む

  • 17:00 晩ごはんの用意(両親と私と子どもの分)

  • 18:00 夕食、団らん、子どもをお風呂へ

  • 21:00 子どもを寝かしつける

深夜

  • 22:00-2:00 本格的なブログ作業(記事作成、画像編集、分析など)

体調が優れない日は無理せず、寝るようにしていたけど、できるだけ「毎日何かしら進める」ことを意識していました。

キーワード選定や記事構成など、当時の私なりの工夫

アクセスを増やすために、いくつか工夫したことがあります。

アクセス解析を眺める
ブログについているアクセス解析を眺めて、「どんな言葉で検索されているか」をチェックしていました。

記事構成の工夫
起承転結を意識して、語り口調で文章を書くようにしていました。堅くなりすぎないように、誰かに喋りかけるみたいに。

画像の活用
文章だけじゃ味気ないから、画像は入れるようにしていました。フリー素材やパソコン画面のキャプチャなど(作業している風景を見せたり)。

更新頻度
最低でも週3回は新しい記事を投稿するようにしました。毎日投稿できれば理想的だけど、無理はせず継続を重視しました。

これらの工夫を続けていくうちに、少しずつアクセス数が増えていきました。コメントももらえるようになって、読者の方と交流することができるようになっていったんです。

文章に「自分の声」を乗せることで、売れるようになった

でも、一番大きな変化をもたらしたのは

「文章に自分の声を乗せる」

ということでした。

最初の頃は書籍に載っているようなプロが書くような文章を書こうとして、どこか他人行儀な文章になっていました。でも、そういう記事はあまり読まれなかったんです。

そこで思い切って、普段友達に話すような口調で書いてみることにしました。

うまく書こうとするのではなく、素直に感じたことをそのまま書く。時には愚痴も、弱音も含めて。

すると不思議なことに、そういう記事の方が反応が良くなったんです。

「ブログには個性が必要」とよく言われますが、その「個性」って結局は「自分らしさ」なんだと思います。

私の場合は「等身大のシングルマザー」として書くことが、読者との距離を縮めてくれたんです。

そうやって少しずつ改善を重ねていった結果、2008年2月には月収が27万円になっていました。

失業保険が切れる前に、会社員時代の給料を超えることができたんです。

ついでに言えば、これから2ヶ月後には50万近い月収になりました。経費はほとんどかからないから、ほぼ利益♪


第6章:振り返ってわかった「がんばらない継続」のコツ

1日30分でもやる、それが未来を変える

今振り返ると、あの時の成功は「がんばらない継続」のおかげだったと思います。

「がんばらない」というのは「手を抜く」という意味ではなくて、「無理をしない範囲で続ける」ということ。

うつ病だった私にとって、毎日フルパワーで取り組むことはできませんでした。体調の波があって、本当に何もできない日もあった。

でも、そんな日でも「たった30分だけでも何かしよう」と決めていたんです。

30分でも毎日続ければ、1週間で3.5時間、1ヶ月で15時間になる。

その積み重ねが、半年後の結果につながったんだと思います。

「継続は力なり」とはよく言ったもので、小さな一歩でも毎日踏み出すことが、大きな変化を生み出すんだなって実感しています。

自分の力で稼げたことが、何より大きな自信になった

振り返ってみて思うのは、自分の力で稼げたことが自分の自信につながったということ。

うつ病で「自分はだめな人間なんだ」と思っていた私が、再度、生きる力を取り戻せた。ここは本当に大きかったと思います。

それに、結果が出てくることで「やればやるだけ認められているような気持ち」にもなったので、どんどん作業が楽しくなっていきました。

作業をすればするほど収入は増えていく。そんな良いスパイラルが生み出されていったんです。

完璧じゃなくていい、「書けた」ことが何より大事

もう一つ大事だったのは「完璧を求めない」こと。

最初の頃は、一つの記事を書くのに何時間もかけていました。「もっと良い表現はないか」「この情報は正確か」と悩みながら。

でも途中から気づいたんです。

読者が求めているのは「完璧な記事」ではなく「役立つ情報や共感できる体験」なんだって。

そこからは「とりあえず書き上げること」を第一目標にしました。推敲は最小限にして、とにかく「書けた」という事実を大事にする。

これは心理的なハードルを下げるのにとても役立ちました。

「今日は最高の記事を書かなきゃ」というプレッシャーを感じなくなったから、逆に続けやすくなったんです。

自分の弱さと付き合いながら前に進む方法

アフィリエイトを始めて十数年以上経った今でも、私は完璧じゃありません。

実は2019年には再度、うつ病が悪化し全く何もできなくなりました。十数年前の時よりももっと悪化していて、この時は本当に自分でもやばかったと思います。

それでも、そういう「弱さ」とうまく付き合いながら前に進む方法を学びました。

体調が優れない日のバックアップを用意しておく
簡単に更新できる定型記事やストックしておいた下書きなど。

無理をしない明確なラインを決めておく
「これ以上は今日はやらない」という線引きをしておくこと。

小さな成功を喜ぶ習慣をつける
大きな目標だけでなく、「今日記事が書けた」「コメントをもらえた」など、小さな成功も祝う。

自分を責めない
できない日があっても自分を責めず、「また明日」と考える余裕を持つ。

しっかり休む
本当に無理だ…と思ったら数日間、しっかり休む。その間は割り切って作業のことは忘れる(といっても難しいんだけど、そこは頑張って)

弱さを認めて、それでも続けていく。これが私にとっての「がんばらない継続」の核心かなと思います。


おわりに

あの頃の自分に「ちゃんと報われるよ」と伝えたい

もし今、タイムマシンがあって十数年前の自分に会えるなら、こう伝えたいです。

「大丈夫だよ。今は本当に辛いだろうけど、これからの道のりはキミが想像している以上に素晴らしいものになるから。キミの小さな一歩一歩が、未来を作っていくんだよ」

当時の私は半年後の自分すら想像できなかった。

ましてや十数年後、自分が会社を経営して、AIを活用したビジネスをしているなんて夢にも思わなかった。

でも、あの時ブログを始めるという一歩を踏み出さなかったら、今の私はなかったと思います。

そして、あの頃の私みたいな人にこのnoteが届きますように

このnoteを読んでくれているあなたが、もし今「どん底」を感じているなら、私の話が少しでも希望になれば嬉しいです。

「うつ病でも」
「シングルマザーでも」
「お金がなくても」
「特別なスキルがなくても」

一歩踏み出す勇気さえあれば、状況は必ず変わります。それも意外と短い期間で。

私のケースでは半年でしたが、あなたならもっと早いかもしれません。

今はインターネットの環境も整っていますし、参考になる情報もたくさんあります。

大切なのは「完璧を目指さない」こと。「がんばりすぎない」こと。そして「続けること」。

この三つさえ守れば、どんな状況からでも、必ず這い上がれると信じています。

あなたの小さな一歩が、大きな変化の始まりになりますように。

最後まで読んでくれて、ありがとう♪
もしよければ「スキ♥」をいただけると励みになって嬉しいです✨

夜桜りこ

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