Tocagoのワンマンライヴに行ってきた
7月28日、恵比寿のKATAにて、Tocagoのワンマンライヴをみてきた。
Tocagoとは2022年に結成された東京の四人組インディロックバンドで、これまでに2枚のEPといくつかのシングルを発表しており、今年のフジロックのルーキー・ア・ゴーゴーにも出演、まさに今をときめく人気赤マル急上昇中の大注目グループである。
おれがTocagoのライヴをみるのは1年ぶり通算三度目だ。つまりは全然ニワカもニワカなおちょいちょいなので、こんな風にエラソーに語るのは気がひけるのだけども、Tocagoのライヴは何というか“粋”だった。
イキ。たとえるなら古き良きアメリカのロードムービーで、主人公が立ち寄ったパブの片隅で演奏していそうな感じの、ラフな洒脱さがある。気取ったところも、気負ったところもない。
たぶん音楽評ではビッグ・シーフとかフェイ・ウェブスターとかのインディーフォークと絡めて語られてるんじゃないかと思うのだが、個人的にはそれよりもっと以前の、70年代スピリットを感じる。とても由緒ただしきフォーク・ロックだと思う。
ギターの弾き語りとしても成立するウタがあって、そこにギターベースドラムが朴訥でどっしりとしたビートを組み立てたようなバンドサウンド。
Tocagoの楽曲は意外にドーナツ盤感覚というか、古き良き3分間ポップス的なところがあると思う。昔のロックのレコードなんかを聴いてると“わっ、これで終わっちゃうんだ”というような、衒いのない素朴な構成の曲が入っていたりするけども、Tocagoもそういう飾らない感じがある。
時折わななくストラトキャスターや歩幅の広い8ビートは、ロックンロールの“ロール”の快感をも体現しているが、そんなアメリカンロックルーツなサウンドの中にあって、ギターヴォーカルの沖氏の歌はとても国文学的、かつ情念的に響きわたる。
とても激しい歌をうたう人だと思う。
激しいといっても、めちゃくちゃにシャウトしまくるとか、過激なワードを連発するとかそういう意味ではない。
ここでいう激しさとは、BPMやデシベル数などとはまったく関係ない。空気に色をつけ、聴取者の心を深くかきまぜる現象学的なチカラのことを指す。
沖氏の歌は、音域や声量なども勿論すごいが、なんというか郷愁の念をさそうのだ。森の奥とか、夕焼けとか、焚き火をみているときのような気分にさせられる。
聴いていると自分がその歌の中に放り込まれてしまうというか、歌そのものになってしまうような感覚がある。ひとことでいって歌手としてヤバい。大抵、ヤバい歌手というのは目が澄み切っているものだが、ライヴ中の沖氏の目はまるでぐるぐると動くガラス玉のようだった。
本人がのぞめばすぐさまそうなれるだけのポテンシャルを備えているにも関わらず、ロックスターになろうとしていない感じもよかった。
「チューニングをします」「あと3曲でおわりです」「アンコールはないようです」「お足元に気をつけて帰ってください」等等、朴訥で飾らない素直なMCも、“この人いい人なんだろうな”というホッコリ感があってよかった。
ていうかTocagoはメンバー全員いい人そうだと思った。
この日のワンマンはソールドアウトで、たぶん130人ぐらいは入っていたのではないかと思うのだけど、みんな肩を揺らしたり、うなずくように首を振ったりして、しみじみとバンドに聴き入るような雰囲気で、それもまた何ともイキだった。
トータルおよそ70分という尺も腹八分というか、適度に聴き足りない感じで、それもよかった。
そんな具合でおおいに愉しみ深く味わった、上質なライヴ体験であった。これからどう転がっていくのかどう広がっていくのか想像がつかない、まさしく要注目のロックバンドである。
