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第70回:欲速則不達の現場で問われる、経営の軸と人の心

~スピード重視の中国市場で、理念と共感を軸に事業を成長させる難しさと可能性~


中国市場で仕事をしていると、日々あらためて感じることがある。
それは、この国ではとにかく物事が速く進むということだ。

意思決定も速い。
変化も速い。
競争も速い。
昨日まで通用していたやり方が、今日にはもう古くなっていることすらある。

だからこそ、この市場で事業を伸ばしていくには、行動の速さが求められる。
慎重に準備を重ね、すべてを整えてから動こうとしていては、その間に機会を逃してしまう。
中国では、まず動き、走りながら考え、必要に応じて修正していくほうが強い場面が多い。

それは間違いなく、中国市場の強さでもある。

しかしその一方で、私はこの国で現場に立ち、人と組織に向き合う中で、何度も別の現実も見てきた。
速さだけを追いかけると、組織の中から少しずつ大切なものが失われていくという現実だ。

理念。
想い。
共感。
信頼。
そして、ここで働く意味。

こうしたものは短期の数字には見えにくい。
けれど、事業が長く続くかどうかを決めるのは、むしろそういう“見えにくいもの”だったりする。

中国古典に、「欲速則不達」という言葉がある。
速さを求めすぎれば、かえって目的には到達できない、という意味だ。

中国はスピードの国だ。
だが、中国の古典は決して拙速を良しとはしていない。
むしろ、本当に大きなことを成すには、ぶれない軸が必要だと教えている。

私は今、この言葉の重みを、中国での経営の現場で強く感じている。

1.中国市場は「まず走る」が前提になる

日本では、ある程度準備を整え、制度を固め、関係者の理解を得てから前に進むことが多い。
だが中国では、そうしている間に競合が先に動いてしまうことが少なくない。

特に都市部では、変化のスピードが非常に速い。
新しいサービス、新しい店舗、新しい打ち出し方が次々に現れ、市場の空気もあっという間に変わる。

だから中国では、

「まずやってみる」
「反応を見ながら修正する」
「走りながら整える」

という発想が非常に強い。

私自身、中国で仕事をしてきた中で、準備ばかりを優先していては勝てない現実を何度も見てきた。
だから、スピードが必要だということ自体はよくわかっている。

だが同時に、速く動くことがそのまま強さになるとは限らないことも、現場で学んできた。

2.速さだけでは、組織は長く続かない

事業は数字で見られる。
売上、利益、客数、出店スピード、投資回収。
経営である以上、それらを無視することはできない。

しかし、現場で実際に事業を動かしているのは人だ。
お客様の前に立つのも人。
空気をつくるのも人。
サービスの質を決めるのも人。
結局のところ、事業の正体は人である。

私は中国で現場のスタッフと一緒に働く中で、この当たり前のことの重みを何度も感じてきた。

本社や外部の立場から見ると、どうしても数字や資料や進捗管理が中心になる。
もちろん、それ自体は必要だ。
だが、現場には現場の温度がある。

春節前後の集客の落ち込み。
平日日中の客数の弱さ。
商業施設ごとの癖。
地域ごとの客層の違い。
中国人スタッフの感覚。

こうしたものは、管理表だけでは見えてこない。
それを無視して、ただ「もっと速く」「もっと管理を」「もっと数字を」と求めると、現場は疲弊していく。

そして疲弊した現場は、表面上は動いているように見えても、少しずつ心が離れていく。
私はそれが一番怖いと思っている。
なぜなら、仲間の心が離れた組織は、どこかで必ず崩れるからだ。

3.『論語』の「欲速則不達」が示すもの

『論語』に、次の言葉がある。

「欲速則不達。見小利則大事不成。」

速さを求めすぎれば、かえって目的には到達できない。
目先の小さな利益にとらわれれば、大きなことは成し遂げられない。
そういう意味だ。

この言葉は、今の中国経営の現場にもそのまま当てはまると感じる。

たとえば、売上を急ぐあまり教育を省く。
拡大を急ぐあまり理念共有を飛ばす。
効率を優先するあまり、顧客対応やスタッフへの向き合い方が雑になる。

そうすると、短期的には数字が出るかもしれない。
だが長い目で見ると、ブランドの中身が薄くなり、組織の再現性も失われていく。

つまり、速さを追いかけたつもりが、結果として遠回りになる。
それがまさに「欲速則不達」なのだと思う。

4.理念は“きれいごと”ではなく、判断基準である

理念という言葉を出すと、抽象的で、現実離れしたものに聞こえることがある。
特にスピード重視の中国市場では、「そんなことを言っている場合ではない」と受け取られることもある。

だが私は、理念とは単なる美しい言葉ではないと思っている。
理念とは、日々の判断基準だ。

  • お客様にどう向き合うのか

  • クレーム対応で何を優先するのか

  • 忙しい時でも守るべき品質は何か

  • スタッフを短期成果で見るのか、長期成長で見るのか

  • 誰と組み、誰とは組まないのか

こうした具体的な場面で、理念は現れる。

壁に貼ってあるだけの理念には意味がない。
唱和して終わる理念にも意味はない。
苦しい時に、何を削って何を守るか。
そこにまで落ちて初めて、理念は本物になる。

5.管理表では見えない、現場の温度がある

中国で仕事をしていると、数字では見えないものの重みをよく感じる。
それは、現場の温度であり、空気であり、人の納得感だ。

管理表は大事だ。
進捗管理も大事だ。
だが、管理のための管理が始まると、組織はおかしくなる。

報告のための仕事が増える。
上に説明するための資料が増える。
責任回避のためのタスク整理が増える。
そして、現場が本来使うべきエネルギーが奪われていく。

私が中国で何度も感じてきたのは、このズレの怖さである。

現場の中国人スタッフは、想像以上によく見ている。
経営者が何を大事にしているのか。
数字のためならすぐに方針を変えるのか。
苦しい時ほど人の扱いが雑になるのか。
それとも、厳しい状況でも守るものを持っているのか。

そこを見ている。

だからこそ、組織を支えるのは制度だけではない。
「この人と一緒にやりたい」
「この店の考え方には意味がある」
「ここで働くことには価値がある」
そういう感覚が、最後には組織を支える。

6.『道徳経』に学ぶ、押しつけない組織づくり

『道徳経』に、こんな言葉がある。

「太上、不知有之。」

最上の統治とは、人々が支配されていることをあまり意識しない状態である、という趣旨の言葉だ。

これは放任を意味しているのではない。
上に立つ者が、力で押さえつけ、細かく管理し、何でもかんでも口を出すのではなく、
人が自然に動ける状態を整えることの大切さを示している。

私はこの考え方は、組織づくりにも通じると思っている。

管理ばかりが前に出る組織では、人は受け身になる。
言われたことだけをやるようになる。
失敗しないことばかりを考えるようになる。
そうなると、現場の主体性も工夫も消えていく。

一方で、理念や判断基準が共有され、必要なルールだけが整い、信頼関係がある組織では、人はもっと自然に動ける。
そのほうが、結果として強い。

7.中国市場だからこそ、理念経営に可能性がある

一見すると、中国市場は理念経営には向いていないように見える。
競争が激しく、変化が速く、短期成果が強く求められるからだ。

だが私は、むしろ逆だと感じている。

速さだけで伸びたものは、速く崩れることもある。
模倣はできても、本質までは真似できない。
だからこそ、理念があり、人材育成の考え方があり、サービスの意味が言語化されている組織は、時間がたつほど強くなる。

事業展開を考える時、最後に問われるのは「何を広げるのか」だ。

単なる技術だけでは弱い。
仕組みだけでも弱い。
創業者の熱量だけに依存するのも危うい。

本当に広げるべきなのは、
その事業が何を大切にし、どんな価値を届け、どんな人を育てるのかという思想と構造
なのだと思う。

8.速さと理念を両立させるために必要なこと

では、速さと理念はどうすれば両立できるのか。
私は、それは自然には両立しないと思っている。
意識してつくらなければ、たいていはどちらかに偏る。

速さだけを優先すれば、組織の心が死ぬ。
理念だけを語って動かなければ、市場で負ける。

だから必要なのは、

速さの中に軸を通すこと
そして
理念を現場で動ける言葉と仕組みに変えること

だと思う。

理念は抽象論のままでは伝わらない。
現場の言葉に翻訳されなければならない。

なぜこの品質を守るのか。
なぜこの価格なのか。
なぜこの育成が必要なのか。
その結果として、お客様、スタッフ、会社にどんな価値が生まれるのか。

そこまで具体化されて初めて、理念は共感に変わる。

9.最後に

中国市場は速い。
本当に速い。
だからこそ、その流れの中で軸を見失いそうになることもある。

だが、その中でなお「何を大切にするのか」を問い続けることには意味がある。
事業を大きくするだけなら、勢いでできることもある。
しかし、長く続く事業、仲間に誇れる事業、お客様の心に残る事業は、理念なしには育たない。

『論語』の
「欲速則不達」
という言葉が示すように、速さばかりを求めると、かえって本来目指していた場所から遠ざかることがある。

そして『道徳経』が教えるように、
本当に強い組織は、力で押さえつけてつくるものではなく、人が自然に動ける状態を整える中で生まれる。

スピードと理念。
利益と志。
現実と想い。

この両方を抱えながら進むのは、決して簡単ではない。
それでも、その難しさに向き合い続けることこそが、経営の本質なのだと思う。

中国というスピード重視の市場で、理念や想いに共感しながら事業を成長させること。
それは難しい。
だが、難しいからこそ価値がある。

私は今、そのことを現場で強く感じている。
次回に続く。。。


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