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今日の朝、「死にたい」って言葉が浮かんだ

こんにちは。2歳息子と3ヶ月の娘を子育て中のリケジョママです。

タイトル通り、今日、目覚めた瞬間浮かんだワードが「死にたい」だった。ちょっと動揺した。いや、かなり動揺した。

noteは、「読んで頂いた方が幸せになりますように」という願いを込めて書いている。だからこそ、こんな話題を執筆するのか悩んだ。

けれど、自分自身の気持ちが幸せで、穏やかで、愛で満たされている状態でないと、読んで頂いている方まで幸せがいくはずがないと思い、自分の気持ちにとことん付き合って、曝け出してから、次の記事を書きたいと思った。

だから、この記事は自分のため、自分の気持ちの整理で書く。もはや独り言。いつもは文語調だけど、口語で、ラフに。いつもは「読んで欲しい」欲も人並みにある私だけど、今回ばかりはない。

「ないなら、自分のノートでやれば?」と思う人もいると思うけど、ずっと見てみぬふりをした心の奥底にある黒いものに関わる話だからこそ、公開して行うことに意味がありそうって思った。だから、noteでやらせて頂きたい。

自分のノートでやったら、またこの感情を人から隠して、蓋をして、何も変わらなさそうだから・・・。

久しぶりの「死にたい」

独身で会社員だった頃、「死にたい」というワードが頻繁に頭に浮かぶことがあった。仕事でメンタルがやられていた。あの時は、何もないのに、ふと気が緩むと涙が出ていたし、ベッドに横たわりながら「台所へ行って、包丁でお腹を刺したら会社に行かなくて良いかな」と毎日思っていた。

多分この時、然るべき医療機関を受診していたら「うつ」と診断されていたのだろう。わからんけど。

医療機関を受診する前に、退職し、結婚し、引っ越しし、、、その後、不妊治療をしていた時は苦しい時期があったけど、妊娠&出産を経て、子育てに奔走している今、「死にたい」というワードからはしばらく離れていた。

受け入れるタイミングなのかも

では、なぜ「死にたい」なんてワードが今朝、思い浮かんだのか。

「死にたい」ってワードが浮かんでも、実際に「死のう」なんて思っていない。「死にたい」とも思っていない。だって私は今、かわいい息子と娘、たまにポンコツで嫌になるけど、基本は頼りになる夫に囲まれて幸せに暮らしている。今日なんて、楽しい旅行から帰ってきた朝で、幸せの絶頂とも言える状況だ。

ふと思い浮かんだのは、『「死にたい」って思う自分も受け入れたいな』ということ。

今、幸せでメンタルも安定してて、かなりポジティブに暮らしている。でもそれは、頻繁に「死にたい」と思っていた過去の自分を必死で追いやって、蓋をして、見てみぬふりをしてきた結果なのかも、と。

今、「死にたい」って思っていなくても「死ぬ想像を毎日のようにしていた自分」は、私の記憶の中にある。いわゆるこれが、潜在意識にインプットされた記憶なんだと。

たまたま今、読んでいる本に、こんな記載があったのを思い出した。

潜在意識に入っているマイナスの記憶(略)をそのままにしていると、(略)ネガティブの無限ループにハマる上、「自分はダメ」という記憶を量産し続けてしまいます。

すぐ開運 超潜在意識書き換えルーティン

おおおお、ネガティブの無限ループ。これは避けたい。ではどうすれば良いのか。

ネガティブの無限ループを止めるのが、「ゆるし」です。
(略)
自分の中にあるダメな部分、情けない部分、ネガティブな部分を克服するのではなく、その部分がある自分を丸ごと受け入れていくこと。もっと言うと、その自分を持ったそのままの自分を素晴らしく、価値があり、愛され認められていると変えていくことです。

すぐ開運 超潜在意識書き換えルーティン

なるほど。今までの自分は、マイナスの部分を”克服”した状態だったのかもしれない。今、次のステージに向かうために必要なのは”克服”ではなく”受け入れる”こと。

ようやく、それができる素地ができた(と信じたい)から、ふと「死にたい」なんてワードが浮かんだのかと、そう解釈した。

感情の擬人化

話が少しそれるが、尊敬しているヨガの先生がいる。ヨガというより瞑想の先生。

2年ほど子育てでセッションを受けれていないけど、2年経った今でも覚えているスライドがある。それは、ある女の子が擬人化された感情(モンスター)とお茶を飲んでいるイラストである。

つまり、嫌な感情・ネガティブな記憶とお茶を飲み交わすように接しよう、とそういうわけだ。

今こそ、「死にたいと思った自分」とお茶を飲み交わしたい。この記事はきっと、そういう記事だ。

誰でも隠したい過去とかあるよね?

「死にたいと思ったことがある」なんて、面と向かって友達にも家族にも言えたことがない。「そんなこと思うのはいけない」「そんな風に思うのは恥ずかしい」とか、そんな理由でだ。

でも、「死にたいと思った」とそんな話ではなくても、誰でも隠しておきたい記憶ってあるんだと思う。そういうのも含めて自分。それを克服するのではなく、”受け入れる”。ねぇ、そんなこと、簡単にできる?

無条件の愛

子育てをしていて思う。自分の子どもは無条件に愛おしい。かわいい。イライラすることなんて日常茶飯事だけど、根底には「愛」がある。裏を返せば、自分だって無条件に愛され育ってきたはず。

色んな自分を含めて、「無条件に愛されている」「そのままの自分で良いんだ」って、そういう風に思おうと思わなくても良いくらい、自然にそう思える日が来たら、”受け入れられた”ってことなのかな。

収拾がつかなくなってきた。散文的で申し訳ない。もう2000字も超えてしまったし、今日の「死にたい感情」とのお茶はこの辺で終わりにしたい。

ここまで読んでくれた人、いるのかな?もしいたら、本当にありがとう。きっと「死にたい感情」さんもすごく喜んでいるはず。

どうぞよしなに。

参考図書

波動とか、エネルギーとか言われるとちょっと苦手な私だけど、最近、「でもやっぱり、そういうのもあるんだろうな」と思うことが増えてきた。

そこで色んな本を読んでいる中で出会った一冊が、引用させて頂いたこちら。

マイナスの感情をクリーニングする方法が具体的に載っていて(まだ実践できていないけど)、参考になる。

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