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「最強寒波」ところにより「氷花」のち「水中」

 私の住んでいる北海道では、「立春」なんて言葉は形骸化しているに等しい。そのくせ、立冬になれば律儀に厳しい冬が訪れる。
昆虫好き理科教師の私にとって冬は最も憂鬱な季節だ。
大雪や凍結による交通障害、そして食費を超える暖房費。
北海道の冬は、道産子たちに容赦なく牙をむく。
 
しかし、その厳しさは、時として奇跡の花を咲かせることがある。
 

「晴れ」のち「くもり」

 冬休み中、私は進路業務の傍ら釧路の天気予報を頻繁にチェックしていた。
冬の阿寒湖で気象条件がそろった時に現れるという「フロストフラワー」を撮影することが、冬休み中の私の課題だったからだ。
出現の条件は
「気温マイナス15℃以下」
「降雪なし」
「無風」
冬の北海道でもこの条件が早朝に完全に揃うことは極めて稀だ。
天気予報で気温と天候は予測できても、微風か無風かの境界線だけは、現地に立ってみなければわからない。
 
2019年1月8日、釧路の予報は
晴れのち曇り 最低気温マイナス11℃

阿寒湖と釧路の標高差は約400m、しかも晴れていれば放射冷却による気温低下も見込める。

「行くしかない」

 思い立ったのは7日の朝だった。
阿寒湖温泉に宿を取ることも考えたが、快適すぎて寝過ごす危険がある。
フロストフラワーは早朝が勝負だ。ならば駐車場で車中泊するしかないと即決した。
 問題は防寒装備である。我が家には厳冬期用の本格的な寝袋(シュラフ)はない。
仕方なく、最低気温0℃対応のスリーシーズン用を妻の分まで借り受け、二枚重ねで寒波をしのぐ作戦に出た。
 7日の昼、自宅を出発し一路阿寒湖へ向かう。到着後は日帰り入浴で体を温め、夕食を済ませると、リアシートをフラットにして断熱マットを敷き詰め、車中泊の準備を整えた。
22時、車の外へ出ると、空には満天の星が広がっていた。これだけ晴れ渡れば、放射冷却によって明朝は猛烈に冷え込む。フロストフラワーには絶好の条件だ。
期待を胸にエンジンを止めると、車内の温度はみるみる下がっていく。手元の温度計は、あっという間にマイナス10℃を示した。
それでも、断熱マットを敷き詰めた車内でスリーシーズンシュラフを二枚重ねにすると、予想していたよりはるかに快適だった。顔に当たる空気はひんやりとしていたが、体は十分暖かい。

「これなら普通に快眠できる。」

そう安堵しながら寝袋に身を沈めると、私はすぐに深い眠りの底へ落ちていった。

 異変は午前2時だった。
顔面に走る「刺すような痛み」で目が覚めた。手元の温度計を見ると、車内にもかかわらずマイナス17℃を示している。
シュラフの口を固く絞り、顔まで潜り込む。しかし、今度は息苦しい。
そこで鼻だけ出してみる。
すると、今度は鼻の頭が凍りつくように痛い。
ならばと口だけ出して口呼吸に切り替える。
今度は、冷え切った空気が肺胞を直撃し、胸の奥が痛む。
おまけに歯までしみる。
結局、寝袋に潜っては顔を出し、顔を出してはまた潜る。極寒の車内で寒波と格闘していたが、5時にセットしていたスマートフォンの目覚ましが鳴り試合終了。ゴングに救われた。
 
 外はまだ暗いが、じっとしていられない。前日に下見をしておいた湖面へと向かう。
そこには、結氷した静寂の湖面に、見慣れない白い花が咲いていた。
初めて目にするフロストフラワーである。

氷結した湖面に現れたフロストフラワー


太陽が昇るにつれて光が結晶を透過し、小さな氷の花は静かに輝き始めた。

「うわっ……」 
 初めて見る氷の花に、言葉を失った。夢中で一眼レフのシャッターを切る。しかし、この時の外気温はマイナス21℃。自然はタダではその美貌を拝ませてくれない。愛用しているニコンのデジタルカメラは、夏の昆虫撮影なら600枚超でも平気で耐える。それが、この日はわずか80枚ほどで完全に沈黙した。残量70%だったスマホに至っては、5枚撮っただけでブラックアウト。最強寒波は、人間だけでなく電池の化学反応に対しても容赦がなかった。 
 それでも、朝日に照らされて木の枝が白く凍りつく「霧氷」までは何とか撮影できた。


朝日に照らされる霧氷


だが、そのわずかな時間の代償として、私の肉体は凍傷の危機に瀕していた。指先の感覚はとうに消失し、普通の冬靴を履いた足元は寒さを通り越した痛みに支配されている。末端の自由が奪われると、人間の気力は一気に底をつく。車へ生還する気力を維持するのが、やっとだった。 

水中のぬくもり

 それから1ヶ月後の2月の三連休前。北海道に記録的な最強寒波が襲来した。札幌は45年ぶりに最高気温が氷点下10度を下回ったようだ。日本一寒い町・陸別では氷点下30度を記録し、全国ニュースが大騒ぎしている。
普通の人なら「一歩も外に出たくない」と思うところだが、理科教師としての私の脳内には、妙な使命感が温泉のように湧きだしていた。

「この最強寒波は、全身に浴びてこなければならない」 

幸いにも週末だったので、妻を道連れに帯広で前泊を挟んで再び阿寒の地を目指すことにした。
 リベンジにあたり、レンズ選択を見直した。前回はマクロレンズだったが、今回は前方180度のパノラマを一枚の歪みに閉じ込める「対角魚眼レンズ」を選択した。 

 阿寒への道すがら、この時間に偶然営業していたセルフのガソリンスタンドに立ち寄った。北海道のスケールはあまりにも大きい。いくら燃費に優れるディーゼルエンジンとはいえ、給油所の密度が著しく下がる道東では、早めの給油が不可欠となる。
帯広の宿を出発したのは午前3時。この深夜帯に開いているスタンドなど、この界隈では極めて稀だ。燃料計の針はまだ半分よりやや上を示していたが、躊躇なくピットインした。 

 ドアを開けて外へ出た瞬間、凍てつく大気が無数の針となって皮膚を刺す。加齢による皮膚のたるみが、一瞬で20代の張りに戻った。
最強寒波がもたらす「神秘の美①」は、まさかの自分の皮膚のアンチエイジング。しかし美容なんてどーでもいい私は、50代の皮膚のままで一向に構わないので、今すぐ25℃の南半球へ逃げ込みたい気分だった。 
そんなないものねだりの妄想を膨らませつつ、軽油のノズルを給油口へ差し込み、トリガーを引く。
――しかし、給油機の音はするのにノズルから液体が出てこない。
給油カウンターは0.00のままだ。
怪訝に思い、インターホンでスタッフを呼び出す。駆けつけた店員さんは、給油機を見て声を上げた。

「うわー、これ、凍っちゃってますね」
「え……軽油が凍るの!? 厳冬期用の軽油でしょ?」 

 ガソリンに比べて温度変化に敏感な軽油は、冬の北海道においては最も低温に強い国内最高スペックのものが供給されているはずだ。
それさえも機能停止に追い込むほどの最強寒波。
この現象が、人間社会の想定をすでに超えるレベルの寒気だったのだという事実を、私はこの瞬間に理解した。
理科教師としての科学的知識が、極限環境の現実を前にしてようやくアップデートされた瞬間だった。 
店員さんは手際よく「あちらの給油機を試しましょう。先ほどはまだ給油できていたので」と隣のレーンへ誘導してくれた。どうやら直前の利用状況による配管のわずかな温度差で、生死が分かれたらしい。 
 移動先で無事に給油を終えた愛車は、頼もしいディーゼル音を響かせて深夜の雪道を力強く蹴り進む。走り始めると、タイヤの下から雪がギュギュッと悲鳴を上げる。さらに速度が上がると、車体に舞い上がる雪はもはや小麦粉並みの微粒子だった。だが、空から雪は降っていない。見上げれば、満天の星が冷たく瞬いている。放射冷却は完璧だ。まだ見ぬ阿寒湖の景色への期待が、暗闇の中で激しく膨らんでいった。 

 阿寒湖に到着し、車外に一歩を踏み出した瞬間、勝利を確信した。気温マイナス27℃、周囲の空気は完全に静止している。私が出した白い吐息は、横に流れることなくその場でまっすぐ上昇し、トワイライトの空へと溶け込んでいく。

 はやる気持ちを抑えながら、お目当てのポイントまで100メートルほど歩を進めると、そこは期待を遥かに超える満開のフロストフラワーが迎えてくれた。 

 フロストフラワーとは、空気中の水蒸気が急激に冷却され、結氷した湖面を土台として直接昇華(結晶化)する現象だ。つまり、圧倒的な寒さだけでなく、豊かな水蒸気が絶え間なく供給される場所でなければ大輪の花は育たない。完全に凍結した湖にあって、唯一、川が流れ込むポイントだけは水面が露出している。その境界線に沿って広がる白銀の領域こそが、条件を完璧に満たしたフロストフラワーの聖域だった。 

フロストフラワー

 私が夢中でカメラを構える横で、防寒の甘かった妻は10分と持たずに「もう無理!」と車へ逃げ帰っていった。
完全に一人になった瞬間、私の脳内は夏の林道で昆虫を追いかけている時と同じ、理性指数0の禁断のモードに切り替わる。こうなると、自制心など機能しない。

「もっと多くの花を、さらにダイナミックに画面へ収めたい」

その欲望に狂わされ、私は川の水が激しく流れ込む、結氷の境界線へとじわじわ身を乗り出していった。 
ファインダー越しに覗く180度の超広角な世界。その圧倒的な視界さえ覆いつくす氷の花のパノラマは、人間が持ち合わせるべき最低限の危機管理能力を完全に麻痺させるほどの魔力を持っていた。
冷静な思考を失っていた私の体は、すでにデッドラインを完全に踏み越えていたのだ。
足元から「ミシッ」という、短い破裂音が聞こえた次の瞬間だった。

バキッ、ドッボーーン。
 
撮影のため前かがみになっていた私は、足元の氷の板と共に、頭から体ごと極寒の阿寒湖へと投げ出された。 

「死んだ」
 
真っ白になった頭に、最初に浮かんだ言葉がこれだった。死を覚悟する段階を飛び越え、もはやそれを受け入れていた。
きれいに咲き乱れるフロストフラワーの傍らで、愛機を抱えた私の死体がぷかぷかと浮いている――なぜか、そんな客観的な妄想まで脳裏をよぎる。 
しかし、なぜこの状況でこんなにも冷静なのだろう。全身の神経センサーをチェックした瞬間、奇妙な違和感に気がついた。

「……あれっ!……暖かい?」 

一瞬脳がバグを起こしたが、脳内ですぐに理科教師モードが起動する。
外気温はマイナス27℃。それに対して、今いる水中はどんなに冷たくとも0℃。つまり、水に落ちたことで周囲の環境温度が一気に27℃も「上昇」したのだ。凍てつく空気から解放された肉体は、0℃の冷水を「ぬくもり」として感知していた。 
 極寒の中で水没して暖かいと感じるこの恐怖。それは、自分を誘拐した犯人に一瞬優しくされただけで、恋心にも似た安心感を抱いてしまう「ストックホルム症候群」のメカニズムとほぼ同じに思えた。
最強寒波という極悪の誘拐犯に、私の脳は完全に手なずけられていたのだ。 
そう理解した瞬間、不謹慎にも「この状況はおいしすぎる」という邪念が湧いた。
まず、水没の証拠写真を撮ってほしかったが、妻はすでに車の中だ。周囲に人影もない。ならばと、手に持っていた一眼レフを自分の方へと向け、死にそうな顔を演出してシャッターを切ろうとした。 
――だが、一瞬とはいえ完全に水没したカメラはすでに全面が氷でコーティングされており、シャッターボタンに渾身の力を込めてもびくともしない。ここでようやく本当の焦りが襲ってきた。私は海から氷上へと飛び上がるペンギンの要領で、水中の反動を利用してお腹から氷の上へと這い上がった。 
水没したのだから、当然、見事なずぶ濡れである。約100メートル先にある車に戻り、一刻も早くカメラを拭かなければ愛機が完全に壊れてしまう。自分の体よりもカメラの心配をしながら、小走りで車に向き直った次の瞬間。 
私は、かつて経験したことのない本当の恐怖に襲われることになる。 

「ぬわっ! 痛っ! イテッ!! イッテェー!!!」

全身を針で突き刺されたような激痛が襲う。服やズボンに染み込んだ水がマイナス27度の寒気に触れた瞬間、一瞬にして凍りついたのだ。
全身がマイナス27℃の氷でコーティングされていく。
さらに凍った布が走るたびに皮膚にめり込む。
無数の氷の刃を投げつけられているような感覚だ。
車にたどり着く前に、このまま動けなくなるかもしれない――その恐怖は、0℃の水中にいたときとは比較にならないほど大きかった。 
 この命がけの数十メートルの間に、なぜか映画『ターミネーター2』の名シーンが脳裏をよぎる。液体窒素を浴びた敵のターミネーターが、全身カチカチに凍りつきながら歩く場面だ。劇中では、凍った脚を強引に前へ進めようとした結果、四肢が粉々に砕け散ってしまう。
「私の足も、次の歩みで砕け散るのではないか」
一度恐怖に支配された脳は、マイナスイメージの増殖速度も異次元に速い。 すでにジーンズは鉄板のように完全に固まっている。
 暖かいオフィスでパソコンが止まるたびに「フリーズした」と言っている人たちに、

「これが本物のフリーズだ。体験してから言ってくれ」

と心の中で悪態をつきながら、車を目指す。
たった100m足らずの距離が異常に長く感じる。
それでも、全身の激痛に歯を食いしばり、バラバラになりそうな肉体を必死に引きずって、ようやく車へとたどり着いた。 

「落ちたー! 痛い! とりあえずカメラ受け取って! 着替えどこ!? 痛い!」
「えっ、えっ!? カメラじゃなくて、あなたが落ちたの!? アホじゃー!」 

妻の冷ややかな視線を浴びながら、私は急いでズボンを脱ぎ捨て、車内へと滑り込んだ。
車内でシャツを着替えたものの、致命的なことに気づく。

ズボンの替えを持ってきていない。

外は軽油すら凍る極寒の世界。車内にはTシャツにパンツ一丁のおじさん。そして車の外には、脱ぎ捨てられたままガチガチに直立しているジーンズ。このシュールな構図を写真に収めたら、それだけで前衛的なアート作品になりそうなレベルだ。 
いや、そんなことを考えている場合ではない。パンツ一枚のまま自宅へ戻れるか? いや、絶対に無理だ。ここは阿寒湖だ。
運転だけならまだしも、トイレはどうする。
この姿でコンビニや道の駅に駆け込めば、一発で警察に通報される。

「やばい、ズボンの替えがない!どうしよう・・・ あっ、コインランドリーだ! 検索して! 足寄あたりまで行けばあるでしょ!?」 

妻がすぐにスマホで検索してくれた結果、予想通り足寄(あしょろ)の街に発見した。
周囲に誰もいないことを確認し、外でカチコチに凍りついているマイジーンズを拾い上げる。強引に力を入れて折り曲げてみた。すると、繊維の間の氷が粉雪のようになってハラハラと落ちていく。

「ん? これはもしや……」 

ひらめいた私は、凍っている部分をくしゃくしゃと揉みほぐし、ひたすら氷の粉を叩き落としていった。するとどうだろう。ジーンズから完全に水気が抜け、すっかり乾いた状態に戻ったのだ。 

 これぞ、最強寒波が見せた「極寒マジック」である。気温30℃の真夏よりも、マイナス27℃の極寒のほうが洗濯物が早く乾くという驚きの現実。まさに天然のフリーズドライ現象だった。 
ちなみに、一瞬とはいえ完全に水没し、シャッターボタンまで氷結した愛機ニコンも、その後は何事もなかったかのように動き続けた。理科教師の危機管理能力よりも、カメラの耐久性のほうが遥かに完璧だった。 
それどころか、後にデータを確認すると、私が水没して落下したその瞬間、偶然にもシャッターボタンが押されていたらしく、「割氷、落水の決定的瞬間」が、残されていたのだ。 

バキッ
ドッボーーーン
凍りついた愛機。これでも壊れなかった高い防塵防滴的機能

日常のストックホルム 

 無事に温かい我が家へと戻り、ぬる湯で半身浴をしながら、阿寒湖の冷徹な美しさを思い出していた。 私が経験したことは、教科書レベルの知識では[水の融点は0℃]これだけだ。
でも、現場に身を置いたとき、その経験は圧倒的な情報量として大脳に半永久的に刻まれる。

 あのとき、一番驚いたのは0℃の水を「暖かい」と感じた自分自身だった。もちろん、水が暖かくなったわけではない。極限まで冷え切った私の体が、そう錯覚したのである。人間の感覚とは、思っているほど絶対ではない。置かれた環境によって、その基準はいとも簡単に書き換えられてしまう。たった一度の経験は、積み重ねた知識を簡単に凌駕することがあるのだ。

 テレビの天気予報を見ているだけなら、今回の最強寒波は「凍えるリスクしかない不都合な災害」でしかなかったはずだ。しかし、その脅威のただ中に身を投じたからこそ、満開のフロストフラワーという幻想的な景色に出会え、さらには大自然の隠された内面を味わうことができた。最高の授業ネタをゲットしたな、とほくほくしていた。 

 そのとき、ふと、自分の日常が頭に浮かんだ。
普段、私が職場を出るのは19時過ぎ。学校行事が重なると21時を回ることも珍しくない。だから18時に学校を出られた日は、
「今日は早く帰れる」
と素直にうれしくなる。
 しかし、冷静に考えれば勤務時間は16時45分までである。
あのとき私は、0℃の湖水を「暖かい」と感じた。それは極寒という異常な環境に身を置いたことで、体の基準そのものが書き換えられていたからだ。
考えてみれば、私たちは日常でも同じことを繰り返しているのかもしれない。
 人間は環境に適応する生き物である。その能力は生き抜くためには欠かせない。しかし、その適応力は時として危険でもある。異常な環境に長く身を置くと、その異常さに気付けなくなるからだ。
18時の退勤を「早い」と感じる私も、0℃の水を「暖かい」と感じた私も、本質的には何も変わらない。

 日本人が今「普通」だと思っている毎日は、本当に普通なのだろうか。
「みんなそうだから」
「これが当たり前だから」
と思い込んでいるその基準は、知らないうちに環境によって書き換えられてはいないだろうか。
自然の驚異も、人間社会の複雑さも、遠くから眺めているだけでは一部しか見ることができない。
本質は、現場に身を置いたときに初めて姿を現す。
あの日の阿寒湖は、美しい氷の花だけでなく、自分の中で書き換えられていた「普通」まで映し出してくれたようだ。

ぬる湯につかりながら、妙に納得した私は、次なる挑戦に向けて一句整っていた。

「持ち歩こう もしもの時の 替えズボン」


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