『待っていてほしい…幼い日の声』
大切な皆様へ
「母のまなざしは、社会を映して」
子育てを振り返るたびに思うのです。
母が社会を知り、社会の目で物事を考え、その視点を子どもに伝えていくこと。
それは、日々の小さな会話や行動の中でこそ、大きな力となって残っていくのだと。
牧野理香拝
『待っていてほしい…幼い日の声』
小学校3年生の夏、息子が一度だけ、小さな声で言いました。
…「ママ、マンションのホールのところで、1回だけでいいから待っててほしい」
それは、息子が初めて見せた本当の気持ちでした。
大阪の企業で働いていた私は、仕事が終わるのが早くても夜8時、家に着くのは9時半を過ぎていました。汗でブラウスまで濡れる満員電車を降り、一度帰宅して急いでシャワーを浴び、そしてマンションの玄関まで走り、塾から戻る息子を抱きしめた…それが私の心に深く残る思い出です。
決して息子をほったらかしにしていたのではありません。母から、祖母から、そしてその先の祖先から受け継いだ「自律」という生き方を、自然に息子に伝えていたのだと思います。
祖母も母も、戦争の時代を生き抜きました。恐怖と飢えの中でも女性として、人としての誇りを忘れずに。母は私が熱を出して電話をしたときも「電話できるなら大丈夫」と言いました。その時は冷たく感じましたが、今思えば「どんな時でも生き抜く力を持ちなさい」という教えでした。
看護師になった私は、深夜の病棟で一人、命に向き合う時間を知りました。
ナースステーションから離れた病棟を、カートを押して巡回する。さっきまで元気に見えた患者さんが急変することもある。ドクターが到着するまで、判断するのは自分だけ。孤独で長い時間でも、見落としは許されない。そこで私は、母の教えの意味を深く理解しました。
だからこそ、私は息子にも「自分で歩く力」を持たせたかったのです。
迎えに行けない夜も、心の中ではいつも息子を想っていました。
夕立の時には「傘を持たせただろうか」と胸が痛み、満員電車の窓越しに集団登校の子どもたちを見て涙したこともありました。
あなたに学問を授けたかった。
あなたに自律して生きてほしかった。
それが母の願いです。
そして今、あなたは立派に自律しました。
これからも人生には嵐が襲ってくるでしょう。けれど大きな目で社会を見渡せば、必ず助けてくれる人が現れます。美しい心を持ち、美しい魂で生きること。そうすれば自然に、周りには多くの人が集まってきます。
幼い頃、迎えに行けなくてごめんね。
でも私は、祖母や母に学んだ「強く生き抜く力」をあなたに伝えてきたのです。
最後の瞬間まで、母として凛と胸を張り、あなたに恥じない生き方をしたい…
それが、私の誇りであり、あなたへの永遠のメッセージです。
牧野理香拝
