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【集客】お前らの9割、AI画像の本当の使い方分かってない

こんにちは、だいすけです。

今日もnoteのタイムラインには、
治療院集客アカウントの「AI画像」がズラッと並ぶ。
奇麗に整い、見栄え良く、そして誰も目に止めない。

それでも彼らは、すがるようにAI画像を使い続けています。

一方、僕は最近、HPのリニューアルを進めています。
今回意識しているのが、「文章を減らす」作業。

情報量を削らず、説明を“視覚”で理解させるために、
僕はここでAI画像を多用しています。

同じAI画像ですが、意味合い・結果は全く違う。
僕はここで、世間と「真逆のこと」を考えてるんです。

今日はこの「AI画像が活きるフェーズ」の話。
それは間違ってもnoteのカバー画像じゃない。
「集客したくないです」と同義語だからな。

AI画像で“目を止める”時代は終わった

AI画像自体を否定するつもりは全くありません。
SNSでも、広告でも、HPでも、
活用できる場面は沢山あります。

問題なのは、みんなAI画像を、
「目を止めるため」
に使いすぎている
こと。

・奇麗
・理路整然
・見やすい

noteなら、こういう感じ。
「煽り」や「感動」も多いですよね。

でも正直、もう無理ですよ。
AI画像そのものが、
「見慣れたもの」に成り下がったからです。

AI画像は“珍しさ”を失った

確かに少し前までは、

「何これ?」
「すげえ」
「AIでここまでできるの?」

という、“存在そのもののインパクト”がありました。

でも今は、AI画像が世の中に溢れたことで、
AI画像そのものが背景化しているんです。

しかもAI画像って、
強く作るほど似通ってくる

・過剰な光
・綺麗すぎる肌
・不自然な感動
・極端なリアクション

全部、どこかで見た感じになる。

だから結果として、
「またAIっぽいやつか」
で流される。

つまり、目を止めるどころか、
逆にスルーされる対象になっているわけです。

下手すると“不愉快”になる

現状では、AI画像の使い方を間違えると、
一周回って不愉快さすら覚える人もいます。

理由は“作為”が見えすぎるからです。

・安心
・頼れる
・任せられる
・信頼できる

みたいな画像をAIで過剰演出すると、
「ああ、感情動かそうとしてるな」
が先に見えちゃう。

つまり、中身より“操作感”が先に伝わるんですよね。
これ、治療院みたいな「信頼」が重要な業種だと、
かなり危険です。

危険なのに、みんな分かってないで、
使っちゃってるんです。

AI画像を「主役」にしてはいけない

一方、僕がAI画像を使ってHPでしているのは、

・文章を減らす
・理解を助ける
・構造を視覚化する
・認知負荷を下げる

ためのAI画像です。

つまり、目を止めるためではなく、
止まった後に自然に理解させるため
に使う。

例えば僕の施術って、

・支持筋
・身体の工夫
・中枢神経
・呼吸コントロール
・姿勢保持

みたいな、少し概念的な話が多い。
これ、文章だけで全部説明すると、
普通に読み疲れるんですよ。

そこでAIで作成した図やイメージを入れると、

・一瞬で構図が分かる
・読む負荷が減る
・感覚的に理解できる
・「難しそう」が減る

つまりAI画像を、
視線奪取ではなく理解補助
として使ってるわけです。

AI画像の使い方としては、
現状これがベターだと感じています。

これからのAI画像

僕は今後のAI画像の価値って、
「AIですごい画像を作る」ではなく、
「AIをどれだけ自然に溶け込ませられるか」
になると思っています。

つまり、AIを主役にするほど弱くなる

逆に、

・理解を助ける
・空気を補助する
・認知負荷を減らす

方向へ行くほど強くなる。

だから今の時代、
“目を止めるためのAI画像”
をやってる人を見ると、

「分かってねーな」
と思ってしまうんです。

今日のカバー画像は、多くの治療家がnoteで使う、
カバー画像のテンプレをイメージして作成しました。
ええ、皮肉ってますよ。

こんなもんで集客できるなら、
誰も苦労しねーわ。
いい加減、気づけ。

それではまた、次の記事で。

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