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個人路程⑪祝福準備とマッチング

1995年8月25日に祝福を受けることに決め、祝福準備が始まった。

祝福準備

告白文

今まであったことを書くものである。内容は誰も見ないということになっているが、絶対ないと私は思っていた。監禁されて時に聞いたからである。

教会側には家族親族だけの軟禁だと言っていたので、告白文にそのことを書いて試してみようと思い、実は反牧(反対牧師の略)の説得を受けたと正直に書いた。

親に祝福を証す

祝福を受けることを親に直接話さないといけないというのが祝福を受ける条件となっていた。

親に話に行った時に拉致監禁されそうになって逃げてきた姉妹がいた。

その姉妹は帰省した時に、母親のかばんが異常に気になり、こっそりかばんのなかにあった手帳を見たら、そこに拉致監禁の手順が事細かに記入されていた。

もう一泊泊まって行ったらいいと誘い、泊まることになったら、朝O時に監禁となっていたので、家族が寝静まった時にこっそり家を出てきたとのことであった。

親に教会辞めたと嘘ついて教会につながり、祝福けるなんて直接話たらまた監禁されるかと不安になった。拉致監禁されたことを告白文に正直に書いたおかげか?、マザーから

Kさんは特別に電話で伝えたらいいことになりました。電話で伝えたら報告してね。

告白文は誰も見ないといいながら、見てるんだと確信した。

親には電話で祝福受けることを伝えた。

健康診断

生理がほとんどないっていうことをマザーに話したら、子供ができない体だと祝福は推薦できないので、産婦人科に行って確認するように言われた。

結果、あなたのような人は多いですが、妊娠はできますよと病院で言われたことをマザーに報告して祝福準備できるようになった。

「真の親」といいながらも、不妊の女性は祝福受けれないって。。

写真

マッチング用の写真は教会でまとめて撮影することになった。

受ける予定の人が集められ撮影したのだけど、女性はおでこを出し、スカートはひざ丈、スーツの色は淡い色等々いろんな決まりごとがあった。

引きこもりの中でのマッチング

当時は韓国人とのマッチングが願われていて、多くの姉妹たちが韓国人との祝福を望んでいたが、私は韓国人との祝福は願っていなかった。むしろ避けたかった。

というのは教会内のニュースを発信してる番組で韓国の農村を回って「結婚したい男性がいたら祝福申請してください」っていう活動内容を紹介しているのを観て衝撃を受けたからであった。

従順な姉妹たちは「韓国人との祝福は大きな恩恵だ」とことあるごと言われているのをそのまま受け入れているようだったが、私は「そんなんで祝福受ける人とマッチングはまっぴらごめんだ」と思っていた。

全国的に拉致監禁の被害が出ていたのでしょう、しばらくのあいだ保母の仕事をしているH姉妹のアパートに引きこもっているように言われた。

教会からは電話はワンコールで1回切った後かかってきた電話だけをとるようにいわれ、じっと待機していた。

ある日、マッチング写真の伝授式があるから来るように言われ、夜教会へ。

マッチング写真伝授

相手は韓国在住の3歳年上の日本人男性。当時日本人のカップルは女性が年上というのが多かったので珍しいねといわれた。3万双と書かれてあったので1992年に韓国人女性と祝福を受け韓国で活動されている人のようだった。

後日電話で確信したら、親から伝道されたヤコブと言われている信仰2世で、弟、両親祝福家庭という当時の私にとっては羨ましい限りの家庭環境の人だった。

家族に反対されている私のために、家族復帰の為に与えられた人だと感謝した。

再監禁を防げて

祝福の相手へのプレゼントを買うために、支部長から許可をもらい引きこもり先から渋谷に買い物に行ったことがあった。

以前仕事していた時に知り合った渋谷のロフトの売り場のSさんに会った。その売り場でプレゼントを買ったらSさんは「せっかくだからロフトカード作ったらいい」と勧めてきた。変な違和感を覚えながらカードを作ることになった。住所はH姉妹のアパートを書いた。

その日の夜、支部長から電話があった。「マッチングもきまり後は祝福式うけるだけだからホームに戻ってきたらいい。H姉妹は離婚歴あるっていうし、そういう人と一緒にいるのは霊的に良くないから」と言って来た。

H姉妹が離婚歴があるっていうのはその時初めて知った。離婚歴あるないというので霊的に良くないって決めつける支部長の人格を正直もやっときたが、それについて言及はせず翌日ホームにもどることになった。

その後、ロフトカードを作る時に記入した住所が原因で私を探しているという人がH姉妹のアパートを訪ねてきたらしい。

H姉妹は管理人の人に誰か一緒に住んでいるのか?と言われ「知らない」と答えたとのこと。

さほど親しくしていなかったロフトのSさんが私を監視しているのかと思うと正直ぞっとしたと同時に、支部長の電話で再監禁を防げたので支部長の一言にもやっときたことも水に流すことにした。

H姉妹は私がホームに帰る日の夜に離婚歴があることを伝えて、祝福式につけたらいいと真珠のネックレスを貸してくれた。

引きこもりから渡韓に向けて

仕事を辞めて伝道機動隊で活動してる私には祝福式に参加するための渡韓費用がなく、以前お世話になったマザーにお金を借りることになった。

祝福後は借りたお金を返すために、アルバイトを始めることにした。

伝道機動隊は祝福受けるまでということになり、その後は仕事しながら活動する部隊に移動することになった。





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