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個人路程⑫祝福式参加

8月末、祝福式参加のため、青年部で一緒の姉妹たちと成田に向かいました。

当時、マスコミでも話題になってるというので成田空港は取材の人たちが結構来ていました。

不思議な出会い

韓国に到着するとバスに乗せられました。そのバスで隣に座った女性にどこから来たのか?たずねたところ、故郷の教会所属の人でした。同級生で教会員はいるかどうか?きいたところ、近所に住んでいたF君がヤコブ(親から伝道された人)だということが分かりました。

F君の家は駄菓子屋でした。私は親から駄菓子屋行きを禁止されていたので、F君の家に行くことが憧れていたことを思い出しました。

幼稚園、小学校、中学校同じで高校は別々でしたが、私の姉と弟が同じ高校出身でした。F君は1992年に3万双の祝福を受けたので会うことはありませんでしたが、後日電話で話すことができました。

拉致監禁当事者にとって、故郷の同級生の見方がいることがわかりとても心強くなりました。

韓日家庭たち

韓国での宿舎は結構立派な施設でした。主体者(男性)が韓国の京畿南部の所属、)相対者(女性)が日本所属のカップルだけの宿泊施設となっていて異様な熱気に満ち溢れていました。

後で聞いた話では、雨で雨漏りするような宿舎やかなりぼろい宿舎のところもあったそうです。

韓国の教会では1人通訳の奉仕が来ているようでしたが、間に合わない状態で、私の主体者Yさん(教会内で夫のことを主体者と呼ぶ。妻の方は相対者という)は韓国在住の日本人ということであちこちから通訳してくれとお願いされ、通訳ばかりをしていました。韓国滞在中、Yさんとの交流はほとんどなく、Yさんの通訳の様子と他の韓日家庭の様子を見て過ごしました。

韓国人との祝福は絶対嫌だったけど、韓国人男性や日本人姉妹たちの舞い上がってる様子や喜んでる様子を見ていると韓日祝福も悪くないなって思えるようになりました。

部屋の中では各地から来ている姉妹たちとの交流も新鮮で楽しいものでした。

聖酒式

多人数なので厳粛な雰囲気は全くないなかでの聖酒式。そのときは雨は降っていなかったと記憶してます。

祝福式

あいにくの雨で、ウエディングドレスにレインコートといういで立ちの祝福式。

印象に残っているのは、会場で渡されたロールケーキをむさぼるように食べている韓国人男性とその横で涙を流している日本人女性のカップルです。

男性は明らかに精神疾患があるように見えました。こういう人と生涯添い遂げなければならない女性の今後の人生を想像し、祝福は簡単なものではないと思わされました。

式が終わり、バスに乗るためにあちこち歩いていた時、

会場のスタジウムの雨がかからないところでは韓国人新郎新婦の家族たちがレジャーシートを敷いて、お弁当広げて宴会が繰り広げられている様子を目にしました。

初めてのキンパ

私たちは日本人同士だったのでそういう宴会は縁がないはずでしたが、Yさんの所属の教会長夫婦の息子さんが日本人女性と祝福を受けられ、その日本語教育にYさんが携わっていたということで宴会の中に招待されました。そのときはじめてキンパを食べ「こんなおいしい海苔巻きがあったのか!!」感動していっぱい食べました。

Yさんからは「ごま油が入ってるから、日本人は合わなくてお腹壊すかもしれないから控えたほうがいいよ」と注意されましたが気にせずガンガン食べました。お腹の方は大丈夫でした。

蕩減棒

祝福式の後、その日の夜に宿舎で行われました。棒で腰を打つというものです。

それが終われば祝福式にかんする行事は終了。

翌日はお父様のみ言葉があるとかで会場に集められ、かつての済州島や水澤里の修練会状態でした。

帰国後、借金を返すため伝道機動隊の部署を離れ、アルバイトしながら活動する部署に異動になりました。


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