個人路程⑨成約断食(7日断食)
午後出勤の学習塾で働いていた時、支部長との面接する機会があり、仕事の退職を勧められた上、成約断食(7日断食)、伝道機動隊を勧められた。
不思議と何の反発なく、支部長の勧めるまま5月の連休に多くの兄弟姉妹たちと7日断食を行い、その後伝道機動隊という部隊に入ることを決めた。
伝道機動隊に入るということは、ホーム生活をするということだったが、とりあえず父親名義の家には私一人で住んでいたので、時々その家に帰るという約束で入居(ホーム生活)することになった。
成約断食(7日断食)
祝福(合同結婚式)参加の条件であり、8月25日に36万双祝福があるというので多くの兄弟姉妹たちが5月のゴールデンウイークを使って、成約断食と言われている祝福を受けるための絶対条件である7日断食を行うことになっていた。
私自身、当時26歳くらいだったので年齢的には丁度よかったのだけど、受ける気持ちはなかった。
祝福受ける前は霊の子(伝道した人)3人というのがあったからである。拉致監禁されたので家族の反対に対抗するために霊の子3人は難しくても1人くらいは立てないとダメだと思い込んでいた。
当時、祝福は書類を提出すると、どこと誰かもわからない人とマッチングされ、断ることができないのである意味博打のようなものがあった。
真の父とされている文鮮明総裁が写真を通して先祖を霊視し、後孫がはってんするように決めてくれると言われていた。人間的にさえなくても後孫の発展と言われると希望だといわれていた。別の見方をすると、どんな環境におかれようと我慢するしかないのである。
仕事を辞めて自由だった私はいつからでも7日断食始めてもよかったのだけど、誰かといっしょにやる方がいいという助言された。ゴールデンウイークに入る少し前に始める人がいたので一緒に始めることにした。
一緒に断食をする姉妹がホームで食事当番していたので、一緒に食事当番しながら行うことになった。
味見はできないのでマザーと呼ばれるホームの中のお母さんの役割の女性と、支部長にお願いして食事を作り、週末は駅前に出て伝道活動をしていた。
断食は40時間断食というのが今まで最長の断食期間だったので、7日まで大丈夫か?最初は心配だった。
一緒に行う仲間、影で祈ってくれる兄弟姉妹、支部長、マザーに支えられ40時間超えてもなんとかなった。
3日くらい過ぎてから、大勢の兄弟姉妹たちが7日断食に入った。
連休は青年部の兄弟姉妹たちと昼間は万物復帰という物売り活動。夜は伝道活動。活動三昧でお腹がすくのも分からないような感じで時間を過ごすことができた。
万物復帰ではハンカチを売っていた。拉致監禁されていた時は、これは詐欺募金活動とされていたが、教会内では一部を寄付しているので嘘ではないということだった。それでも詐欺なので葛藤はあったが、全体で行うと不思議とそういう思いはかき消されるもので、これがマインドコントロールってやつか?
そんなこんなで無事、成約断を終えることができた。
終わった日の夜中12時過ぎに、祈祷して重湯を食べ、ホームのみんなからお祝いされた。
成約断食勝利の寄せ書きをいただいた。
「人はパンだけで生きるものではない」を体感できた7日間であった。
