「お前が決めなさい」と言いながら、決めていたのは私だった。|第2章 第7話
でも本当は——
別の道を、
強く勧めたい気持ちがありました。
「お前が決めなさい」
そう言いながら、
私の心の中には、
すでに“こうしてほしい”という答えがあったのです。
選んだのは、高専という道でした。
就職にもつながる。
大学へ編入する道もある。
将来の可能性は広がる。
そう、自分に言い聞かせていました。
なぜそこまで思ったのか。
きっかけは、私自身の仕事でした。
40年前。
工場の生産現場で、
その光景を初めて見た時、
私は心から感激しました。
容器が流れ、
商品が入り、
封がされ、
次々と出荷されていく。
人の手ではなく、
機械が寸分の狂いもなく動く。
でも、本当に惹かれたのは
その裏側でした。
なぜ、こんなに正確に動くのか。
何が、この流れを動かしているのか。
その裏にある
“プログラム”という世界に、
私は惹かれていました。
だから長男にも、
思っていたのです。
「これからは、こういう時代になる」
「この道なら、
将来困らないかもしれない」
親として、
自然な思いだったのかもしれません。
でも——
今思えば、
それは本当に長男のためだったのか。
それとも、
私が安心したかっただけなのか。
担任の先生から、
「少し難しいかもしれませんね」
そう言われ、
私はその道を諦めました。
でも後になって知りました。
長男の成績なら、
十分に届いていたことを。
あの時、
もっと本人の気持ちを聞いていたら。
もっと一緒に考えていたら。
その後悔は、
今でも残っています。
6話で私は、
「自分で決めなさい」
そう長男に伝えました。
でも本当は——
心のどこかで、
“こうなってほしい”という
親の願いを持っていました。
選ばせたつもりで、
選ばせていなかったのかもしれません。
高専に進むと、
寮生活が始まりました。
一部屋に3〜4人。
いじめを経験した長男に、
今度こそ良い友達に出会ってほしい。
そんな願いもありました。
入学して3か月ほど経った頃だった
でしょうか。
長男から、
弓道部に入ったと聞きました。
友達に勧められたのか、
自分で決めたのか。
何か変わりたかったのかも
しれません。
でも本当の気持ちは、
あの時の私は聞けていませんでした。
大会のたびに、
送り迎えをしました。
週末になると寮まで迎えに行き、
また送っていく。
片道50キロ。
往復100キロ近い道のり。
正直、
決して楽ではありませんでした。
でも——
不思議と嫌ではありませんでした。
夏になると、
道中では花火大会が行われていました。
夜空に広がる花火を、
車の窓越しに見ながら、
長男を寮まで送る。
言葉を交わさなくても、
妻とふと目が合い、
「ああ、また一年過ぎたな」
そんな気持ちを、
同じように感じていた気がします。
長かったようで、
振り返れば
あっという間の5年間でした。
そして、
長男は社会へ出ていきました。
就職してからは、
私の会社のゴルフ仲間と一緒に
ゴルフへ行くこともありました。
その時の長男は、
昔より少し笑っていました。
楽しそうな姿を見て、
私は少し安心しました。
ようやくここまで来たんだ。
いろいろあったけれど、
もう大丈夫かもしれない——
そう思っていました。
でも——
本当に向き合うべきだったのは、
息子の“その後”
だったのかもしれません。
親として、
私はまだ、
息子のことを何も分かっていなかったのかもしれません。
