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🌙 夢は見るなと言われた私が、未来を選び直すまで

父は3交代勤務で、昼間家にいる日があった。
夏休みの中で、その週だけ空気が変わる。

子どもの私は、その週が来るのが嫌でたまらなかった。
家に父がいると、自由に過ごせない。
夏休みなのに、心が休まらなかった。😔

🎨 絵の宿題も、本来なら自由に描けるはずなのに、そうはいかなかった。
何を描くか、どこに描くか、全部父が決めた。

私の“描きたい”は、最初から存在しないものとして扱われた。
夏休みの絵は、私の作品ではなく、父の正解をなぞる作業だった。


🖌️ 習字で入賞したときも、素直に喜べなかった。
表彰式の帰り道、父は「せっかくここまで来たのに○○ちゃんに負けてる」と怒った。

嬉しかったはずの気持ちは、あっという間に消えてしまった。
そのあとパチンコの駐車場で待たされて、私はただ時間が過ぎるのを待っていた。

どんなに頑張っても、喜びはいつも否定で上書きされた。🥀


🍽️ 夕食の時間も安心できなかった。
食べている間ずっと見られていて、突然「そういえばあのときはこうだった」と過去の話を持ち出される。

悪いところを探すように怒られる。

「なんで今その話?」と思っても言えない。
夕食は、いつ怒られるかわからない緊張の時間だった。

家の中で、心が休まる場所はなかった。😣


👩‍🏫 外の世界で見つけた安心も壊された。
「○○先生はいい先生」と言ったとき、

父は「いい先生などいるか」と怒った。

私が安心できる場所を見つけても、その感覚はいつも否定された。


自分の感じたことを信じてはいけないような気がして、
私は少しずつ、自分の感性を閉じていった。


🎓 大学に行きたいと言ったとき、
返ってきたのは「夢は見るな」という言葉だった。

その一言は、私の未来を閉ざすような重さだった。

望むことがいけないことのように感じて、
私は夢を見る前に諦める癖を身につけた。💔


💸 奪われた「価値」と「権利」

お年玉をもらうと、必ず説教が始まった。
「誰のおかげでもらえると思ってるんだ」と言われ、取り上げられた。
「子どもが持つ金額じゃない」「銀行に預ける」と言われた。

でも、通帳を見せてもらうと、毎日のように引き落とされていた。
「家のために使った」と言われ、母はそのことを知らなかった。
私のお金なのに、私のものではなかった。
子どもとしての喜びも、権利も、価値も奪われていった。💧


🌈 それでも私は、未来を選び直した

こうして、自己肯定感は静かに削られていった。
でも、私はその環境から離れた。

縁を切った。✂️

自由になった。🌿

摂食障害も治った。🌈

あの家を出て、私は私になった。


今、私は未来を選び直している。
あの頃の私が欲しかった未来を、
今の私は自分の手で取り戻している。✨


つづきはまた書きます。

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