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第8章(その3)「負うべき責任」

「運転席にいた男は、他の車で逃げました」
堀田がそう言うと、横から赤崎が続く。

「ここは、設計の方で船をお願いします」
「分かった、これからシフトを組んでみる」 

部長が話すのは、いつも廊下に座り込んでアジを飛ばす執行部の連中である。設計部員に取っては、違和感の残る光景だった。

「よろしくお願いします。法律が我々を守ってくれる訳ではありませんが、皆で守れば誰も会社を潰すことは出来ません」

そう言う堀田の目が燃えている。いつか俺もあんな目を⋯⋯と今更のように思った。

緒形は、決して会社を潰してはならない――という思いが、更に強固になっていた。

「庄司次長――、君が総括でやってくれ」
と言う緒形に続き、改めて堀田が言う。

「堀田です。よろしくお願いします」

そう庄司に向かって律儀に頭を下げる堀田は、緒形に一礼して、もと来た方へ走った。

赤崎は無言で会釈すると、入口へ急いだ。

「部長⋯⋯、どこの業者でしょうか?」
庄司が慎重に言葉を選んで聞く。
それは背後の耳を、十分に意識したものだった。

「いや⋯⋯分からんな。だが、まともな連中が相手ではないことは、確かだな」

「しかし、まさか岸壁の船までは⋯⋯」

「いや、賢い連中なら、すでに裁判所へ新造船の差し押さえを申請したかも知れん」

「船を、船を持って行くって言うんですか」

取り巻きの後で話を聞いていた山岡弘明が、首を伸ばして拍子抜けの言葉を吐いた。

「ああ、進水した船は動産と言ってな、例えばエンジンの債権を確保するために、曳船で船ごと持っていかれたら、万事休すだ」

弘明のような、設計の若手が理解できるような事態ではなかった。設計部長の緒形でさえ、役員会議で内田副社長と議論していなければ、何も分からなかったであろう。

それが緒形の後悔と言えば後悔だった。

だがこの際、命令を待つのではなく、自ら考えて動く者を育てねばならない。倒産という現実を前に、今こそチャンスだった。

「じゃあ、みんなやるぞ――」
小柄な庄司が、輪の中で声を上げる。

部長の指示を受けて、やっと息を吹き返した。

「よーし、全員ヘルメットと安全帯を忘れるな。これからシフトの配置を決める⋯⋯」

そう言うと、矢継ぎ早に指示を出す。

「計画と機装は、岸壁の176と183の外まわり。船穀は176、管艤は183の機関場。管理職の指示で4時間交代。何かあったらトランシーバで連絡しろ。応援が到着するまで絶対に持ち場を動くな、いいなっ――」

工場はともかく、船を守るのは設計が最適である。何ヶ月もかけて設計し、それぞれの分野で詳細が頭に入っている。常に現場と設計を往復して、我が家同然だった。

指示を受けた面々は、壁に掛かった安全ベルトを腰に装着すると、ヘルメットを被り、次々と設計から現場へ出て行く。それを見ていた庄司も、緒形に一礼するとヘルメットを被り、現場へ向かった。

最後に残った緒形は、窓際から構内灯で明るい外に目をやった。窓の下、事務所から岸壁への陸橋を、設計一行が渡っていく。

白地に青線一本、管理職のヘルメットが混じりあいながら、整然と向かっていく。

皆急ぎ足で緊張しながら、舷梯へ向かう者、機関場の工事穴から船内へ入る者、一人一人が敢然と動く姿に見惚れていた。

(この連中を生かすも殺すも⋯⋯、ぜんぶ俺次第――ってことになるのか)

それは船を造ることとは根本的に違う。親が子に責任を持つような重苦しさ⋯⋯、それは果たして緒形がどこまで責任を追うべきか。だがこれが経営者という立場の重みかと思うと、改めて徳田の顔が浮かんだ。

(いったい、社長は今どこに⋯⋯)

(第9章へつづく)
 
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[note|著者ページ]
https://note.com/right_canna2847
 
[AMCO知見Lab|公式サイト]
https://qs07n.hp.peraichi.com/
 
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