見出し画像

第12章「最終決断」(その3)

その頃、四日市の富双造船では、営業の吉田がオーシャンシッピングの監督室にいた。

「あなたの言う通り、これは賭けかも知れません。それでも、絶対に納期は守ります」

相手は二十代の印度系アメリカ人セングプタ。MIT出の彼は全権を任された監督である。

すでにオーシャンは大西洋と太平洋を結ぶ「Sea-land航路」を持っている。だが、日本からアジアへ広がるFeeder網はまだ弱かった。

アメリカ発祥の「Containerization」はコンテナの流通である。よってコンテナ自体が一方通行になれば、たちまち荷を運べなくなる。

その解消にはFeeder船の拡充が重要だった。
「Ocean Lionに積むコンテナが待っている」
そう言うセングプタの目は真剣だった。

彼自身、初めての日本で一年を過ごし、富双の内情も熟知している。それだけに回航にも乗ると言ったが、それを吉田が止めた。

「まずは大阪のドックへ直行して下さい」
そう言って押し切った。
その訳は言わない。

「我々を信頼してくれ」と言い切ったのだ。
だがその心情には暗澹たるものがあった。

(もし船になにかあったら⋯⋯)
その思いは消えない。
だが――自分のやるべきことをやるだけ――
と思って東京へ帰ろうとした。

その時、庄司次長が声をかけた。
「部長――、低気圧が進路を変えました」
「なに――」と叫ぶなり、吉田は駆け寄る。

庄司は177で天気予報を聞いていた。
その受話器を受けて、吉田は自分で予報を聞いた。

「おい、いかん船舶電話だ――」
すぐさま吉田が窓際の装置を立ち上げる。

「Ocean Lion――,Ocean Lion、応答下さい」
そう発すると、すぐさま反応があった。

「こちら⋯⋯Ocean⋯⋯Lion⋯⋯」
出港した頃は明瞭だった電波が錯綜する。

「緒形部長、緒形部長、応答願います」
そう何度も呼びかける。
だがますます雑音が混じり、
相手が応答することはなかった。


その頃、山岡弘明はベッドの上で目を覚ました。時計を見ると午後5時過ぎ。恐らく伊勢湾を出てから三時間ほどが経っていた。

ベッドの上で体を起こすと、一瞬自分の居場所が分からない。横の壁に丸窓がある。だがその窓にバシャバシャと水が暴れていた。

(なんやこれ⋯⋯雨にしては⋯⋯)
そう思った弘明は掌でガラスを拭く。

天気なら大台山系が見えるはず。だがその窓は水浸しで、山影は元より海もまったく見えない。

そこで二段ベッドの上にいることを知り、降りようとした。だが十数秒毎に船が揺れる。しかもうねりがあるのか前後にも揺れた。

何かにつかまり、なんとか下へ降りる。揃えたはずの安全靴が右や左に転がっていた。それを足でかき集め、ソファーに坐って靴を履く。

だが揺れで体が流れ、床にしゃがんで靴を履く。ソファーを伝って扉まで行きノブを回した。頃合いを見計らって通路へ出ると、後ろ手で扉を閉めて、そのまま背を預けた。

次の揺れでStorm railを握ると、目の前の階段室へ入った。だが、船の横方向に配置された階段が登れない。その状況に追い込まれた弘明は、そこで初めて船の状況を認識した。

弘明は階段の傾斜角を知っている。その階段が、水平になるかと思うと次の揺れで真縦になる。つまりそれが船の横揺れ角なのだ。

(横揺れが55度⋯⋯普通ではあり得ない)

そんな馬鹿な――と、自分の思いを打ち消しながら、なんとか上の甲板まで登った。

そこで通路の奥の鋼製ドアを見た。
(なんとか外の様子を見ないと――)
と思った弘明はStorm railを頼りに通路を進む。

なんとか内扉を開け、鋼製ドアのクリップを解き、重い扉に圧をかけた⋯⋯と、体ごと外へ引っ張られた。あっと思ってドアにしがみついた途端、弘明は自分の目を疑った。

船はまるで地獄の中を突っ走っていた。

(つづく)
 
・・・・・
 
[note|著者ページ]
https://note.com/right_canna2847
 
[AMCO知見Lab|公式サイト]
https://qs07n.hp.peraichi.com/
 
・・・・・
 
 

いいなと思ったら応援しよう!