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第8章(その1)「呉越同舟の夜」

赤崎の太々しさに、緒形は我慢ならない。冷静にと思っても、やはり感情を抑えきれない。それが彼らの常套手段であろう。

だが会社が潰れた以上、現実的に組合なくして従業員を守ることはできない。それに設計の連中は組合に入っていない。彼らには、従業員の立場も権利もないに等しい。ここはやはり緒形の決断が不可欠だった。

「私はNYから戻ったばかり。それを君等が妨害すれば、新造船の契約をドブに捨てることになる。それでもいいと言うのか」 

それは緒形の反撃だった。

例え組合が工場を守っても、新造船の契約が消えれば従業員は路頭に迷う。どれほど強力なウイルスであっても、寄生する体が死ねば生きていけない。

今は相身互いのはずだった。

赤崎の目が開いた――と、緒形は感じた。

彼の背後に探照灯があるだけに、表情は見えない。だが緒形の一言が、緒方の前を塞ぐ鉄面皮に一矢報いたのは確かだった。

「おい、部長を丁重にお通ししろっ――」

そう言うと赤崎は、体を揺すりながら緒方の後に続いた。群集の中を抜けて、緒形は事務所への道を進む。後から執行部の連中が、赤崎を先頭にゾロゾロとついて来る。

「緒形さん、どうせ事務所は空き家も同然だから、社長室でやりましょうや」

事務所がある二階への階段を昇ると、執行部の一人が先に立ち、社長室へ向かう。

何度か出入りしているのか、部屋への入り方が慣れたものだった。(こいつら)そう思ったが、今は従うしかない。赤崎に促され、緒形が部屋へ入ろうとした時だった。

廊下の奥で「カチャ」という音がして、思わず緒形は立ち止まった。何気なく目をやると、設計のドアが開いて人影が現れた。

「部長――」
と、次長の庄司だった。背後に数人が顔を出す。

「皆いるか?」
と、緒形が問うと、
「はい、全員います」
と答えた。

(いったい、どうなっているんですか?)庄司の顔が、そう語っていた。

「あとで行くから、待っていてくれ」と言って、緒形は軽く手を上げる。そのまま部屋へ入ると、奥のソファに腰を下ろした。

「いったい、会社をどうするつもりだ」

「それはこっちが聞きたいことですよ。今、会社は我々が守っているんです。銀行も悪だが、間髪入れずの更生法申請など、最初から出来レースでしょう。取締役のあんたが、知らんはずがない。もし閉鎖しなければ、資材も機器も持って行かれますよ――」

それは赤崎の言う通りだった。手形が二度の不渡りとなれば銀行取引は停止され、その後二年間、当座取引も貸出取引も不可能になる。

だが今回は、その当座預金がすでに銀行によって閉鎖されている。

裁判所が会社更生法を受理し、保全命令が出たとしても、精算が終わっていないものは納めた側のもの。それを法的に保全する術はない。従業員を守るには、自ら工場を守るしかなかった。

と、その時だった。

二階入口の引き戸が開く音がして、ドタドタと安全靴の音が続いた。勢いのまま社長室のドアが開き、若い男が声を上げる。

「委員長――本部から、清水方のトラックが、富双へ向かったと――」

緒形の前に座る赤崎が、うっと唸った。
頬が見る見る赤みを帯びていく。

「緒形さん、ここは手を握りませんか。呉越同舟でも、国は守らんといかん」

 その言葉に、緒形は赤崎の目を見た。
 細い目の奥に、黒い瞳が光っていた。

「分かった。岸壁の船は設計で守ろうか」

「じゃあ、こっちは正門の守りと、倉庫の方へも人をやります」

やり取りを聞いていた他の連中が、狐につままれたような顔をした。

(よし)とばかり、緒形は立ち上がった。少し遅れて、赤崎もまた太い腰を上げた。

(つづく)


(筆者、後日談)

「御用組合」――そんな言葉を覚えたのは、この頃だった。
「会社が潰れた」という現実に、まだ理解が追いつかない時、
耳元で「共に設計で組合を……」と、そう呟く人がいた。

今思えば、そんな道もあったのかも知れない。
だが当時の私には、会社を立て直す道は、
「呉越同舟」以外に思い浮かばなかった。

結果として、数年後に会社は破産した。
それでもなお、他に選べた道があったのかと問われれば、
今も答えに窮する。

組織が潰れるというのは、人知を超えた出来事だ。
人と人との葛藤が折り重なり、
年齢も、職種も、立場も越えて、
力を合わせられなければ、自然に淘汰されていく。

それが、あの夜から私が学んだ、
唯一の現実だったのかも知れない。



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