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高橋純子さんの講演会に行ってきた

朝日新聞編集員の高橋純子さんの講演会が近隣の市で開催されたので行ってみた。舌鋒鋭く政治に切り込む彼女の記事を私はいつも興味深く、時に胸のすく思いで読んでいる。テレビでのコメントにも共感することが多い。その一方で、メディアに対する疑問も少なからず持っている。だからどのような話が聞けるか興味津々で会場に足を運んだ。

定員1200人の会場はほぼ満席で、開始10分前に着いた私は空席を探すのが難しいほどだった。関心の高さがうかがわれる。平日の午後とあって、聴衆は大多数が高齢者のように思われた。朝日新聞の読者なので政治に関しては似たような考え方の人も多いのではないかと思う。講演の題目は「政治とわたしとわたしたち」。長年政治を取材してきた彼女の口からどのような話が飛び出すか楽しみだった。

高橋純子さんのプロフィール
朝日新聞編集委員、1993年朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、政治部、論説委員、政治部次長などを経て現職。著書に「仕方ない帝国」(河出書房新社)。雑誌「世界」(岩波書店)で「あたふたと身支度」連載中

講演会パンフレットより

1971年に福岡県に生まれた高橋さんは地元の大学を卒業し、朝日新聞社に入社するが、親からは地元の大学しか進学を許してもらえなかった(私と同じだ!)。新聞記者になりたいと言ったときにも、家族や親戚から「なんば言うとるんね!」という反応しかされず、鼻であしらわれたそうだ。朝日新聞に入社後はまず鹿児島支局に配属されたが、社会も職場もまさに「男性中心」。そこでジェンダー不平等の洗礼をしっかり受けたという。

2000年には政治部に配属される。そこも女性が1割にも満たなかったそうだ。しかし、高橋さんは政治部1年目に出産し、産休、育休を取る。大変だったであろうことは想像に難くない。そんな中で政治部では新人記者が担う総理番と呼ばれる仕事に携わる。朝から晩まで首相を追いかけながら、一瞬のスキも逃さずインタビューのチャンスを見つけ、単刀直入に質問する。うまくかわされても、めげずに追いかけ続ける。そうした中で首相とメディアの関係をしっかり学んでいったという。ちなみに彼女が総理番になった時の首相は森喜朗氏だったそうだが、森氏は公務を終えると料亭をはしごするのが日課だったらしい。森氏には「あんたの質問には答えない」と「嫌われ」ながらも毎日後を追い続け、雨の日も風の日も夜遅くまで取材をする様子を高橋さん独特のユーモアかつ皮肉たっぷりの語り口で伝えてくれた。その話を聞いて、新聞等で毎日目にする分刻みの「首相動静」の記事がどのように作られているかがよくわかった。

記者会見が変化してきているという話も興味深かった。私自身は首相の記者会見を見ていて若い記者たちに歯がゆい思いをすることが多い。彼らがわざわざ「お疲れさまです」「よろしくお願いします」と言ったり、遠慮がちに質問する様子に強い違和感を持っている。首相が質問にまともに答えなくてもそのまま「スルー」することも多い。その点に関して高橋さんは記者会見の構造的変化を指摘していた。たとえば「一問一答」のルールである。高橋さんが担当していたころはこのルールがなく、返答に納得できなければ重ねて質問することができた。しかし、現在は「更問い」ができなくなっているという。さらに、記者の質も変化しているそうだ。現在の若い記者は他者を批判することを躊躇する傾向が見られるという。さらに、最近は何としてでもジャーナリストになりたいという人ばかりでなく、他業種も受けたが新聞社も選択肢の一つだったという新人が少なくないそうだ。ジャーナリストとしての矜持が薄れているのだろうか。

講演の中で彼女が最も強調していたのがWatchdog としてのメディアの役割である。「吠える犬」として権力を厳しく監視する役割をメディアは担っており、そのためには常に「吠える」必要がある。すなわち「怪しい」「おかしい」と思った時にはまず吠えて、それを国民に伝えるのだ。メディアが正解を持っているわけではない。間違うこともあるかもしれないが、間違いを怖れて萎縮するのではなく、事実を国民に伝え、国民に考えてもらう姿勢が大事なのだ。判断するのは国民である。

メディアの存在感が薄れてきている今、近年はメディアに対する批判も強い。「マスゴミ」などと揶揄する人も少なくない。SNSの普及により国民にとってメディアは不要という感も強まっている。そんな中でも、吠えることをやめずにいたいと高橋さんは言う。そして読者の叱咤激励が何よりも有難いと言う。 他にも、一枚岩になって団結することができないメディアの弱点、ぶら下がり会見が無くなったことの影響、これまでに関わった首相たちの人間性など、興味深い話はたくさんあった。

質疑応答では何人もの人が質問をした。その中になぜ高市首相があれほど高い支持率を保っているのか知りたいというものがあった。それに対して高橋さんは理由は様々あるとしながら、支持者の中に若い女性が多いことを理由の一つに挙げていた。現在の若い女性はこれまでの女性が社会の中で苦労しながら権利や地位を勝ち取ってきたことをあまり知らない。高市首相自身も男性中心の社会の中で必死で頑張ってきたはずだが、そんな「苦労」に思いをはせるのではなく、トランプ首相の横でギャルのように「きゃぴきゃぴ」して跳びはねる首相を見て「かわい~!」と思う女性が少なくないのだ。そうした女性たちは高市氏の政治家としての立ち位置や考え方、首相となって今後何をしようとしているのかといったことを考えるよりも、アイドルのような存在として見ているのかもしれない。いわゆる「推し」の感覚なのだろう。その点では高市首相のあの不自然な笑いも人気に役立っているのかもしれない。最近の選挙で躍進した参政党についても、政策そのものに期待するよりも、これまでとは「違う」人たちの出現を喜び、「なんだか明るく元気に頑張っている人たちがいる」と期待する人びとの存在を挙げていた。何となく納得するものがあった。

権力の監視は常に必要だ。Watchdogの役目は国民一人一人にも求められるのではないかと思いながら会場をあとにした。

*ヘッダーは講演会のチラシより

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