奇形
「ただいま 」
仕事から帰るなり、臨月を迎える身重の妻に歩み寄る僕は予想だにしない知らせを受けて、テーブルに置くスマホをフローリングの床にゴトンと落とした。
「病院行ったら、お腹の子、障がいがあるって」
妻はその途端、僕に抱きつき、涙をポロポロ、流して言葉にならない声で全身の体重でのしかかる。彼女の肚の中には僕たちの子どもがいるから、2人分の重さが体感以上に心に圧がかかる。
出生前診断で異常はなかった。その後の定期検診も。なのに、
「どうして……」
僕は妻を抱きしめる力さえ、失うほど。そんな余力もなかった。だけど、今の僕にできることは彼女を抱きしめる以外、何もできやしない。
「堕ろす」
なんて、軽はずみに言えやしない。ドラマや映画では見たことはあるけど実際問題。自分がその立場になるなんて。
「思いもしなかった」
あれから18年。生まれた我が子はたしかに違う。
どこか、普通じゃない。
だけど、それでいいかもしれない。
「ネェ? 桃栗3年、柿は何年だっけ?」
と、おばさんになった妻が庭に植えた柿の木はあの子が生まれた翌年だった。
実は青い。正解にはまだ緑、ピーマンみたい。サイズはすだちより小さいけど。
1つの枝に小さい実がいくつもあるから、ゴールデンウィークから梅雨が明けるまで、この季節に要らない実はハサミでチョキン。一枝一果。それで大きな柿が実る。この作業を「摘蕾」っていうらしい。
「ねぇ、見てよ。これ」
と、5尺の脚立を慣れた様子で昇る妻が摘蕾した実は異様な形をしている。
「ミッキーマウスみたい。不恰好だけど」
「せやな」
関西弁も馴れてきたおじさんになった僕に妻は不恰好なミッキーマウスみたいな柿の実を手渡す。
あの子が生まれて、僕らは関東から関西に移り住む。
せめて、環境の良い場所で。あの子を育てたかった。
「今年も真っ赤に実るとエエな」
「そうね」
妻は標準語。ただし、生まれは大阪府河内長野市。
なのに、
「ネェ? 手伝ってよ」
あの子も生きている。僕らと一緒に。この街で。
(了)
