猫の背中 #3 ″ひじきご飯”
季節外れの大雪注意報。
空からは大粒の雪が舞い降り、道を白く染める。
私の勤めている施設には御歳77歳の施設長がいる。
「今日は一段と冷えるなぁ」
…事務所のエアコンを早番の事務員が入れ忘れた事もあり、私が遅番で出勤した時の事務所は外気とそんなに差を感じられなかった。
冷える空間が猫の背中を更に丸める。
そんな施設の今日は誕生日会。
合わせてお昼も少しグレードが上がる。
グレードというと例えばデザートにケーキがつくとか、生姜焼きの肉の厚みや大きさが増すとか、普段出ている鰆が鯖に変わるとか…カレーに入っている具材がゴロゴロになるとか…考えればキリが無いが、そんなイメージを持っている方も多いだろう。
ただ、我が施設の昼食に至っては、普段の白米が混ぜご飯に変わるくらいである。
本日は「ひじきご飯」だった。
「工藤くんなぁ、俺はひじきは混ぜないでおかずとして食べるのが好きなんだよ。」
突然話し始めた施設長の顔はどこか遠くを見ていた。
「でもな、俺の奥さんはそれをあえて混ぜるんだよ。ご飯さぁ。」
「奥さんの愛情も一緒に混ぜ込まれてたんじゃないですか?」
マスク越しの施設長の口元が少し緩むのが分かった。
「いや、全く迷惑なやつだよな。確かに海藻だから健康には良いんだけどよ。俺は白米が好きだったって言うのによ。別々に食べたいって何度言った事か。」
ひじきの煮付けは一度にそこまで量は摂れない。
だから、あえて″ひじきご飯″がこの世に誕生したんだ…。
そんな僕の人生の何処かで出会った管理栄養士に貰った言葉を反芻する私。
窓から見えていた大粒の雪は止まっていた。
…何か施設長の言葉を待っているかのように。
「そんな事言うと、奥さん怒っちゃいますよ?」
「確かになぁ…。」
施設長は窓から空を見上げる。
気付いたら雨混じりの雪が窓には映っていた。
ちなみに、私は知っていた。
施設長が夜どんなに仕事で遅く帰っても、外で飲み会をした後でも、必ず家で奥さんの料理を食べていた事を。
そう、1日の終わりは必ず奥さんの味にしていた施設長は奥さんの料理が大好きだった事を。
そして、今は休みの日の度に奥さんの味を自分の舌の記憶を頼りに研究している事を…。
雨混じりの雪は、いつしか雨になっていた。
その日の検食は施設長。
コメントは「ひじきご飯良い味でした。」
良い味…これは奥さんに対するラブレター。
後で食べた私のひじきご飯。
味は少ししょっぱい感じ、、、。
でも、心は何処か温かだった。
寒空だった窓の外にはいつしか晴れ間が見えていた。
思い出の人へ想いを伝える事は、思い出す事でしかできない。
太陽から感じた暖かさは、きっと施設長の奥さんからの「ありがとう」。
午後の猫の背中は少し伸びて見えた。
奥さんからの「ありがとう」を目一杯に体で感じているように。

