三年前の私へ。
もし今の私が「三年前の私」に会えたら、まず聞いてみたいと思います。
「最近、本は何冊読んだ?」
きっと私は、少し誇らしそうに答えるのだろうと思います。
「今月は十冊くらいです」
そして、続けるはずです。
「この本には時間術が書いてあって、この本には志が書いてあって、
この本には遊び方が書いてあって……。」
今の私がそれを聞いたら、その時点で笑ってしまうかもしれません。
「それ全部実践する気なのですか?」
私は真顔で真剣にうなずくのだと思います。
「もちろん」
……いやいや、多すぎる。
そういうのは分かってはいるけど。
当時の私は、本を読むたびに人生を変えようとしていました。
「仕事との向き合い方を変えよう」
「時間の使い方を変えよう」
「趣味を持とう」
「遊び化しよう」
「健康を大切にしよう」
「志を持とう」
「目標を設定しよう」
「フィードバックしよう」
まるで人生改造マニュアルを毎週更新しているように思えます。
読書ノートを読み返すと、
本当に忙しくしていたのが分かります。
それなのに、不思議なことに、
一番肝心なことだけが書かれていませんでした。
「本当は何が好きなの?」
その答えがないのでした。
楽しみを見つける方法は一生懸命調べているのに、
自分が楽しいと思ったことは、ほとんど書かれていないのです。
なんとも器用で、不器用。
あの頃の私は、「考え方を変えれば人生も変わる」と心から信じていたのだと思います。
だから本を読み、考え、また本を読んでいたのだと思います。
でも、本当は少し怖かったのだと思います。
考え方を変えるということは、
それまで何十年も信じてきた自分を手放すことでもあったからです。
仕事中心で生きてきた自分。
努力すれば道は開けると信じてきた自分。
その自分が、もしかすると違ったのかもしれない。
そう思うことは、思っている以上に勇気がいることだと思います。
だから、いきなり変われませんでした。
一冊読んでは立ち止まり、また一冊読んでは確認していました。
その姿を今見ると、「慎重だったんだな」と思います。
三年経った今、私は少し違う景色を見ています。
写真を撮り、散歩をし、文章を書き、海を見たいと思い、
人とのつながりを考えています。
不思議なことに「人生を変えよう」とは、もうあまり思ってはいません。
毎日を丁寧に生きていたら、
結果として少しずつ変わっていたのかもしれません。
そんな感じでした。
だから、三年前の私に伝えたいと思います。
そんなに急がなくていい。
人生は、おそらく一冊の本では変わらない。
でも、一日一日の積み重ねは、ちゃんと人を変える。
それからもう一つ。
毎日のように「思考」を変えようとしているけれど、
本当に変わるのは思考じゃないのだと思います。
それは、世界との付き合い方だと思っています。
安心していい。
その答えが分かるまで、ちゃんと何年も時間がかかるから。
だから今日も、もう一冊読んでいけばいい。
でも、たまには本を閉じて、公園を歩いておくといい。
風の音や、木々の揺れや、知らない誰かの会話。
三年前の私は、
そんなものを「無駄な時間」と呼んでいたかもしれない。
もしくは、それが重要と理解してはいるけれど、身体としての実感を持てず、実行できなかったのかもしれない。
でも今の私は知っています。
人生を変えたのは、読んだ本の数ではありませんでした。
本を閉じたあとに世界ともう一度つながった時間だったのだと思います。
