見出し画像

パリ ゲイ術体験記 vol.53「薔薇族」

廃刊になって久しくなるけれど、ひと昔前まで「薔薇族」というゲイ月刊誌があった。
自分が間違いなく確実なゲイだと自覚したのは成人してからであったが、その疑いというか要素があるのを感じていたのは、そのかなり前からである。 だが、この雑誌「薔薇族」を見つけた時には、その疑惑パーセンテージは漠上がりするものがあった。

それは中学2年生までさかのぼる。
たまに行く書店で、祖父に頼まれていた囲碁雑誌を探していた時のこと。
"趣味&実用"と分類されたコーナーで、興味をそそらない本ばかりをかき分けながら探していたら、なんやら明らかに毛色の違う表紙の本を見つけた。それが「薔薇族」であった。
パラパラと頁をめくれば、六尺姿の可愛いお兄さんのグラビアにはじまって、男同士の恋愛コミックやらハードコミック、それに山ほどある文通欄コーナー。
こんなめくるめく雑誌が存在している事に、立ち読みしながら汗をかいて心拍数が上がるのを実感していた。

爺さんに頼まれた囲碁雑誌の事などは頭からすっかり消え去っていて、気がつけばその本を掴んでレジの列に並んでいた。
自分の番になってレジで薔薇族を差し出したら、本を受け取ったレジのおじさんは飲んでいた熱そうなお茶を見事にひっくり返してしまった。それも、いままさに自分の物にならんとしている薔薇族めがけて。
「す、すみません!あ、あたらしい物と交換しますから、さ、探してきます!」と慌てふためいた様子で別の薔薇族を探しにいくおじさん。
ついでに言っておきたいが、薔薇族はエロ本ではない。園児がエロ本を買おうとしている訳じゃあるまいし、そんなに狼狽しなくてもよさそうなものなのに。
ただその時の私は、詰襟の学生服に学生帽という出で立ちだったことが、おじさんをドン引きさたのかも知れない。

その麗しい雑誌の一字一句読み飛ばすことなく、広告まで読みきった。そしてまた最初の頁に戻り、2周3周いや10周くらい読み返した気がする。
そして、翌月もその翌月も発売日に書店に出かけた。
本屋のおじさんは私から薔薇族を手に取ると「あ、はい...」とまるで毎月の借金取りの訪問にでもあったように、急にうつむいて暗く呟くのだ。
だけど、3回目くらいからは雑誌に特別にカバーをかけてくれるようになり、更にはその上から厚紙で包装までしてくれるようになった。
結局は2年くらいに渡って買い続けたのだが、おじさんが私の顔をちゃんと直視する事はとうとう一度もなかった。このおじさんは多分好い人だったに違いない。

何故に薔薇族が将棋とか囲碁や園芸雑誌のいたって平和的な趣味コーナーに配置されていたのかが疑問であるが、ゲイもある意味では趣味だからと故意にそれらのコーナーに置いたものなのか. . .はたまた雑誌仕分けのおばさんが薔薇が好きな人向けの園芸雑誌と勘違いして並べていたとか。

薔薇族が学校の教科書と同じサイズとはいえ、さすがに教科書に紛れ混ませて学校にまでは持参しなかったけれど、家に置くぶんには親の目につかぬ場所を確保する必要があった。
もう使わなくなっていた金庫式ロッカーをもらって、最初に手にした思い入れの強い3冊ほどを処分しないでそこにしまっておいた。
そして、そのうちにロッカーの鍵も失くし暗証ダイヤルの幾つかの認証数字も忘れてしまい、そのロッカーは押し入れの奥に長らく眠る運命となる。

その後、部屋の改修の際に邪魔だったロッカーは敷地内の隅っこに出されて数年間雨ざらしとなったが、グレーででかいロッカーがポツンと外にあるのは不恰好だといって、近所の世話好きなおじさんが金屑屋に運んでいって解体される憂き目となったのである。
むろん私はフランスにいるから知るよしの無い出来事だったのだが、解体時に中から出てきたブツ3冊と当時貯金していたらしい100円玉硬貨20個を近所のおじさんは律儀にも我が家に届けにきたのである。薔薇族を発見したおじさんは「何だコレー!」とビックリしたか「あ、やっぱりね」と思ったかは知らないけれど。
じきに帰国した私に、今では息子の正体をとっくに知る母は何もコメントしなかったけれど、40年近くも金庫の暗闇で眠ったのちに他人の手で引っ張りだされた薔薇族と再会した私は、今ではもう無くなったあの頃の"トキメキ"が一瞬だけ熱く甦ったのであった。

いいなと思ったら応援しよう!