見出し画像

16年の営業経験で会社を設立できたワケ

<はじめに>
私は会社設立まで広告営業を16年間続けてきました。
2004年~2020年まで社員300名、年商100億程度の上場会社に勤めており、新規開拓営業から広告提案~クロージング~広告内容打ち合わせ~反響調査~サービス料金回収までを一気通貫で行ってきました。
営業成績はそこそこ良く、順調に昇進しチームを持つようになりました。
チームビルディングではかなり無理させたマネジメントを行い、チームの大半を退職させてしまう経験をしました。試行錯誤した結果、チームでも成果を上げることができ、全支局を管轄するSVをやったり、新しいプロジェクトのリーダーに抜擢されることもありました。
営業には売上目標があり、チームで達成していくためにはメンバー全員が成果を上げていかなければいけません。しかし、2010年以降は離職者も多く残業もしずらい環境になるも、業務が終わらない日々を経験してきました。
このままではいけないと感じ、営業を分業化していくことを提唱しました。私の管轄する支社でスタートさせることになり、インサイドセールス・フィールドセールス・カスタマーサクセスの3つの部署を設立させ求人をかけ、チームビルディングしていきました。
採用と教育に3か月かかったものの、成果はすぐに出てきました。
これまで活躍のなかった営業メンバーがフィールドセールスに集中することでトップセールスになったり、入社間もない女性がトップセールスになるなど、これまで営業が行ってきたテレアポや業種戦略をインサイドセールスで行うことで商談が増え、カスタマーサクセスで広告打ち合わせを巻き取ることで、定時で帰れるトップセールスマンを輩出できたのです。
この経験から売上目標を達成させるためには「仕組みから変えるべき」と強く感じていました。

<転機の訪れ>
2020年1月~5月 コロナが大流行。
どこも自粛自粛で広告業界は大打撃となりました。
私の部署も例外なく打撃を受けるも、営業を分業していたおかげで最小限の影響に留まります。
しかしながら、会社のオーナーチェンジ。新オーナーによる改革により各支社統合の流れあり、管轄する営業地域の閉鎖などもあり大規模なリストラがありました。私は管理者でしたので退職勧奨する側です。分業化させたのでかなりの人を採用していました。30人は退職していただきました。
その経験より在籍していくことが精神的に難しくなり私も退職を決めたのです。

<転職か独立か>
前職の最後に携わっていたのが営業の分業化。特にインサイドセールスでした。インサイドセールスチームの設立からマネジメントを経験してきました。求人票を見ると、インサイドセールスはトレンドになっていて、「マネジメント経験のある方」「インサイドセールス部長候補」などの求人が多かったのを記憶しています。
こんなに求められているならビジネスになるのではないか?
前職のインサイドセールスチームの連絡先は個人的に交換していたのですぐにスカウトできる状況でした。
前職でご縁のあった会社2社に対して、テレアポ代行しますよと提案すると、すぐにでもお願いしたいとの嬉しい話を頂き独立することを決めました。

<営業経験があるからこそ>
営業経験があるからこそ営業戦略をクライアントと一緒に立てられて、マネジメント経験があるからこそチームビルディングができるようになっていました。
そして、「目標達成をするには仕組みから変えるべき」と考えていた私は、一気通貫で営業を行っている会社が多いことにも注目し、実体験を話しながらご提案ができるようになりました。

<現在2025年は>
コロナ禍で設立した会社が、現在5期目を迎えました。
年商は1億を超え、社員が7名、パートアルバイトは60名を超えました。
3年以上継続してくれるクライアントもおります。
あの人生の転換期で、営業しかやってこなかった自分を信じたからこそ、ここまで来れたのだと思います。

このNOTEでは創業時の苦労話や現在の状況を報告していきたいと思います。
2025年1月14日 株式会社I.K.E.プランニング 代表取締役 池嶋裕一

いいなと思ったら応援しよう!