第一部 沈黙の街で、世界から消えたかった夜(短編小説)
雪は、世界が悲鳴を上げる前にそっと降りてくる。
それが昔から、私は苦手だった。
12月24日。
街は恋人たちと家族連れであふれ、
高揚した声とイルミネーションが空気を温めていた。
それなのに、私はその中心で、
「世界で一番、孤独な影」になっていた。
——笑っている人が、まぶしい。
——立ち止まる自分が、みじめ。
——なぜ私は、あの輪の中に入れないのだろう。
胸が締めつけられ、呼吸が浅くなる。
会社で倒れたあの日から、
私は時間の流れに取り残されてしまったように感じていた。
◆
私はかつて、仕事が好きだった。
人から頼られることが嬉しくて、
誰かの役に立てる自分が誇らしかった。
けれど期待されるほど、
“もっとできるはずだ” と言われるようになった。
ミスをすれば怒られ、
成功しても「次はこれもお願い」と積み上げられる。
気づけば私は、
誰かにとっての“便利な存在” に成り下がっていた。
「休みたい」
その一言が言えなくなった。
その代わり、心は静かに壊れていった。
ある夜、屋上のフェンスに手をかけたとき、
世界はウソみたいに静かになった。
風さえ吹かず、泣くこともできず、
ただ“消えて楽になりたい”という思考だけが、
私を支配していた。
……気づけば、病院の白い天井を見上げていた。
あのとき助かったのは、
生きたい気持ちがあったからじゃない。
ただ、 踏み出す勇気がなかっただけ。
その事実は、私の心をさらに締めつけていた。
◆
そして今。
クリスマスイブの喧騒の中、
私は息を潜めるように歩いていた。
「どうして私は、生き残ったんだろう……」
答えなんて出ない。
そのときだった。
「あなた、こんな夜にひとりで泣いてるの?」
はっとして振り向くと、
白いコートを羽織った女性が立っていた。
街灯に照らされ、雪が髪に積もる。
その姿は、どこか現実離れしていた。
「……泣いてなんか……」
「泣いてるよ。心が、ずっと。」
私の胸が、小さく震えた。
まるで、長い間触れられなかった場所を
そっと撫でられたような感覚だった。
女性は笑った。
「こんな夜だから、来られたんだよ。
あなた、ずっと誰かに気づいてほしかったでしょ?」
私は言葉を失った。
だれにも言えなかった弱さを、
初対面のこの女性が、なぜ知っているのか。
その優しさは、あまりにも残酷で、
あまりにも温かかった。
「……あなたは、誰なんですか?」
女性は雪を受け止めながら、
静かにこう言った。
「あなたに“もう一度、生きたいと思わせるために来た人”。
理由はそれで十分。」
胸の奥が、ぐしゃりと音を立てた。
私の世界が、少しだけ揺れた。
私はまだ、この出会いが
生まれ直しの序章になることを知らなかった。
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