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第一部 沈黙の街で、世界から消えたかった夜(短編小説)

雪は、世界が悲鳴を上げる前にそっと降りてくる。
それが昔から、私は苦手だった。

12月24日。
街は恋人たちと家族連れであふれ、
高揚した声とイルミネーションが空気を温めていた。

それなのに、私はその中心で、
「世界で一番、孤独な影」になっていた。

——笑っている人が、まぶしい。
——立ち止まる自分が、みじめ。
——なぜ私は、あの輪の中に入れないのだろう。

胸が締めつけられ、呼吸が浅くなる。

会社で倒れたあの日から、
私は時間の流れに取り残されてしまったように感じていた。



私はかつて、仕事が好きだった。
人から頼られることが嬉しくて、
誰かの役に立てる自分が誇らしかった。

けれど期待されるほど、
“もっとできるはずだ” と言われるようになった。

ミスをすれば怒られ、
成功しても「次はこれもお願い」と積み上げられる。

気づけば私は、
誰かにとっての“便利な存在” に成り下がっていた。

「休みたい」
その一言が言えなくなった。

その代わり、心は静かに壊れていった。

ある夜、屋上のフェンスに手をかけたとき、
世界はウソみたいに静かになった。

風さえ吹かず、泣くこともできず、
ただ“消えて楽になりたい”という思考だけが、
私を支配していた。

……気づけば、病院の白い天井を見上げていた。

あのとき助かったのは、
生きたい気持ちがあったからじゃない。
ただ、 踏み出す勇気がなかっただけ。

その事実は、私の心をさらに締めつけていた。



そして今。
クリスマスイブの喧騒の中、
私は息を潜めるように歩いていた。

「どうして私は、生き残ったんだろう……」

答えなんて出ない。

そのときだった。

「あなた、こんな夜にひとりで泣いてるの?」

はっとして振り向くと、
白いコートを羽織った女性が立っていた。

街灯に照らされ、雪が髪に積もる。
その姿は、どこか現実離れしていた。

「……泣いてなんか……」

「泣いてるよ。心が、ずっと。」

私の胸が、小さく震えた。

まるで、長い間触れられなかった場所を
そっと撫でられたような感覚だった。

女性は笑った。

「こんな夜だから、来られたんだよ。
あなた、ずっと誰かに気づいてほしかったでしょ?」

私は言葉を失った。

だれにも言えなかった弱さを、
初対面のこの女性が、なぜ知っているのか。

その優しさは、あまりにも残酷で、
あまりにも温かかった。

「……あなたは、誰なんですか?」

女性は雪を受け止めながら、
静かにこう言った。

「あなたに“もう一度、生きたいと思わせるために来た人”。
理由はそれで十分。」

胸の奥が、ぐしゃりと音を立てた。

私の世界が、少しだけ揺れた。

私はまだ、この出会いが
生まれ直しの序章になることを知らなかった。

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