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学校の怪談――“視えすぎる”少年――

「この学校、夜になると四階の廊下を“誰か”が歩くらしいよ」

そんな噂は、どこの学校にもある。

だが、その“噂”が本物だった場合。
そして、それを最初から知っている人間がいた場合。

話は少し変わってくる。



僕の名前は、黒瀬 湊(くろせ みなと)。

高校二年。

そして……昔から、“見えてしまう”。



小学生の頃は、
「見えない友達と話す変な子」
と言われた。

中学では、
「事故現場を言い当てた不気味な奴」
と噂された。

だから今は、なるべく黙っている。

見えても。
聞こえても。
気づいても。

知らないふりをする。



……そのはずだった。







六月の終わり。

雨が続く、蒸し暑い夜だった。



「なぁ黒瀬、お前って心霊系詳しいんだろ?」

放課後、クラスメイトの大沢がニヤつきながら話しかけてきた。



「別に」

「またまたぁ〜。お前そういうの好きそうじゃん」



好きなわけじゃない。

ただ、“寄ってくる”だけだ。



「今日さ、旧校舎行こうぜ」



その瞬間。



ゾワッ……



首筋に、氷水を流されたような感覚。



旧校舎。

今は立入禁止になっている、古い木造校舎。

数年前に一部崩落して閉鎖された場所だ。



僕は無意識に視線を向けた。

窓の割れた四階。



……いた。



暗闇の中。

白い顔だけが、
こちらを見ていた。



「……やめとけ」



思わず口から出た。



「え?」

「今日、行かない方がいい」



大沢は笑った。



「なんだよ、マジで霊感キャラ始めた?」



違う。

そうじゃない。



あれは……



“普通じゃない”。







結局、その日の夜。

大沢たちは旧校舎へ行った。



男子三人。
女子二人。

肝試し感覚だった。



僕は行かなかった。

いや……正確には。



“行けなかった”。



あの校舎から、
ずっと視線を感じていたからだ。



深夜0時。

突然、スマホが鳴る。



大沢からだった。



『黒瀬』

『やばい』

『助けて』



その直後。



ブツッ……



通話が切れた。



僕は反射的に家を飛び出していた。







夜の学校は、生き物みたいだった。



雨で濡れた校舎。
暗い窓。
風で軋む扉。



旧校舎へ近づくたび、
耳鳴りが強くなる。



キィィィィ……



頭の奥で、
女の声が混ざる。



――かえして……



僕は立ち止まった。



この声。



“ひとり”じゃない。







旧校舎の中は異様に寒かった。



床は腐り、
天井から水滴が落ちる。



ポタ……

ポタ……



懐中電灯を向けると。



壁一面に、
黒い手形がついていた。



……新しい。



その時。

二階から悲鳴。



「ぎゃああああっ!!」



大沢だ。



僕は駆け上がった。



廊下の先。

大沢が腰を抜かしていた。



「く、黒瀬……!」



その先を見て、
僕は息を止める。



女がいた。



長い髪。

濡れた制服。



そして。



“顔がない”。



目も。
鼻も。
口も。

何もない。



なのに。



確かに笑っていた。







普通の霊じゃない。



これは……



“集合霊”。



長年、
学校に溜まり続けた感情。

いじめ。
孤独。
恐怖。
後悔。



それらが混ざり、
形になった存在。



だから顔がない。



“誰の顔でもあるから”。



女はゆっくり首を傾けた。



グギ……



ありえない方向まで。



大沢が震えながら叫ぶ。



「た、助けろよ!!」



その瞬間。



女の身体が、
廊下の奥から“滑るように”迫ってきた。



速い。



僕は咄嗟にポケットから札を取り出した。



祖父から渡された護符。



バチッ!!



空気が弾ける。



女が止まる。



だが。



次の瞬間。



後ろから、
無数の足音。



ペタ……

ペタ……

ペタ……



振り返った僕は凍りついた。



廊下いっぱいに、
生徒たちが立っていた。



制服姿。

全員、
顔がない。







「……まずいな」



完全に囲まれている。



この学校。



昔、自殺者が出ている。

しかも一人じゃない。



噂では、
教師による隠蔽もあったらしい。



その感情が、
ここに残り続けていた。



いや。



残っていたどころじゃない。



“育っていた”。





ペタ……



顔無したちが、
一歩ずつ近づいてくる。



大沢は泣き叫び、
動けなくなっていた。



その時だった。



女のいない“空間”が見えた。



違和感。



そこだけ、
霊が避けている。



僕は直感した。



“核”がいる。



この怪異を生んだ、
最初のひとり。







四階。



そこだけ空気が違った。



教室のプレートには、
かすれた文字。



【4−2】



扉が少し開いている。



ギィ……



中にいたのは。



一人の少女だった。



セーラー服姿。

短い髪。



そして。



“ちゃんと顔があった”。





「……やっと来てくれた」



少女は静かに笑った。



「君だけだったよ。“見つけて”くれたの」



僕は息を呑む。



彼女だけ、
他の霊と違う。



理性がある。



「君が……全部やったのか?」



少女は首を横に振った。



「違うよ」



窓の外を見ながら、
小さく呟く。



「私は、“閉じ込められただけ”」







二十年前。



この学校で、
一人の女子生徒が失踪した。



だが事件は、
“家出”として処理された。



理由は簡単。



学校側が隠したかったから。



いじめを。



教師の暴力を。



全部。



少女は、
旧校舎の倉庫に閉じ込められたまま死んだ。



誰にも見つけてもらえず。



助けも来ず。



暗闇の中で。



ずっと。



ずっと。



「だから寂しかった」



少女は笑う。



でもその目は、
壊れる寸前みたいに揺れていた。



「だから、仲間を増やしたかったの」



瞬間。



教室の扉が閉まる。



バァン!!



廊下から、
無数の手が伸びてきた。



顔無したち。



少女が立ち上がる。



「ねぇ」



一歩。



「君も、こっちに来る?」







僕は静かに目を閉じた。



怖くないわけじゃない。



でも。



彼女は“怪物”になる前、
ただの子供だった。



誰にも助けてもらえなかった、
普通の女の子。



僕は護符を握る。



そして。



彼女へ向けなかった。



代わりに。



教室の床へ叩きつける。



バシィッ!!



白い光。



霊たちの悲鳴。



少女が目を見開く。



「それ……」



「これは除霊じゃない」



祖父が言っていた。



本当に苦しんでいる霊には、
“出口”を作れと。



閉じ込めるな。



終わらせてやれ。



教室の景色が崩れていく。



少女の身体が、
少しずつ光に溶けた。



「……そっか」



彼女は、
初めて安心した顔をした。



「やっと……帰れるんだ」





その瞬間。



校舎中に響いていた足音が、
ピタリと止んだ。







翌日。

旧校舎は立入禁止区域ごと取り壊されることになった。



理由は、
“老朽化”。



もちろん、
本当のことは誰も知らない。



大沢たちは、
あの夜の記憶が曖昧になっていた。



だが。



僕だけは覚えている。



最後に、
少女が消える前。



確かに言った言葉を。





――ありがとう。





そして今でも。



夜の学校を歩く時。



時々、
窓に誰かが映る。



でももう、
怖くはない。



本当に怖いのは、
幽霊じゃない。



“見て見ぬふりをする人間”なのかもしれない。

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