光を選んだ少女 第1話 世界の片隅で〈ミレア スピンオフ〉
世界は、最初から遠かった。
ミレアにとって
それは特別な感覚ではなかった。
物心がついた頃から
ずっとそうだったからだ。
笑い声の輪の中にいても
なぜか自分だけが
少し外側に立っているような感覚。
楽しそうな会話が
耳に入ってこないわけではない。
けれど。
心の奥まで届かない。
まるで
厚いガラス越しに
世界を見ているような気分だった。
理由は
分かっていた。
自分が
「普通ではない」と
知っていたからだ。
幼い頃から
ミレアには見えてしまうものがあった。
それは
幽霊のようなはっきりした姿ではない。
もっと曖昧で。
もっと静かな違和感。
たとえば
青空のはずの景色の奥に
ほんの一瞬だけ
黒い波紋が揺れる。
人が笑っている背後で
空気が
わずかに歪む。
誰も気づかないほど小さな
世界の“ズレ”。
だが
ミレアにとっては
それが日常だった。
「また変なところ見てる」
母は困ったように笑った。
「気持ち悪いよ」
同年代の子どもは
遠慮なく言った。
そのたびに
胸の奥が
ゆっくり冷えていく。
反論はしなかった。
説明しても
伝わらないと分かっていたからだ。
それに。
どこかで
自分でも思っていた。
もしかしたら
自分の方が間違っているのかもしれないと。
だからミレアは
少しずつ
人と距離を取るようになった。
笑う回数も
話す言葉も
自然と減っていく。
孤独は
ある日突然訪れるものではない。
気づいたときには
もう
日常の一部になっている。
それでも。
嫌いになれなかったものがある。
光だった。
朝日が
静かに窓辺を染める時間。
夕焼けが
街を柔らかく包む瞬間。
月明かりが
世界の輪郭を優しくなぞる夜。
その光の中にいるときだけ
自分が
ここにいてもいいと
思える気がした。
だからミレアは
よく空を見上げていた。
誰かに見られると
また変な子だと言われるかもしれない。
それでも。
空を見ることだけは
やめられなかった。
そんなある日のことだった。
街外れの石段。
人通りの少ない
静かな場所。
そこに
一人の少年が座っていた。
最初は
ただの偶然だと思った。
だが。
なぜか
目が離せなかった。
彼の周囲の空気だけ
重く沈んでいるように感じたからだ。
まるで
世界の重力を
一人で背負っているかのように。
それなのに。
同時に
ほんのわずかな光も感じた。
消えそうで
消えない。
壊れそうで
折れない。
そんな
不思議な存在感。
ミレアは
胸の奥がざわつくのを感じた。
怖いわけではない。
むしろ
懐かしいような感覚。
気づけば
一歩
足を踏み出していた。
少年は
ゆっくりと顔を上げた。
その瞳を見た瞬間。
ミレアは
息を呑む。
そこには
言葉にできないほどの
静かな深さがあった。
怒りも
悲しみも
諦めも。
すべてが
底の見えない湖のように
沈んでいる。
それでも。
ほんの少しだけ
温かさが残っていた。
「……ここ、好きなの?」
声をかけるつもりは
本当はなかった。
けれど
言葉は自然に零れ落ちた。
少年は
少しだけ驚いたように
瞬きをする。
「静かだから」
それだけ言って
また視線を落とす。
短い返事。
だが
それで十分だった。
ミレアは
初めて感じた。
この人は
自分と同じ種類の孤独を
抱えているのだと。
それから。
二人は
ときどき
同じ石段で会うようになった。
多くは話さない。
だが
沈黙は不思議と苦ではなかった。
ただ隣にいるだけで
胸の奥の重さが
少し軽くなる。
そんな感覚。
ミレアは
その時間を
密かに大切にしていた。
けれど。
ある日。
少年は来なかった。
次の日も。
その次の日も。
石段に座りながら
ミレアは空を見上げる。
夕焼けが
やけに冷たく感じた。
胸の奥で
何かが崩れる音がする。
世界の歪みが
少しずつ
強くなっている気がした。
空気が重い。
光が揺れる。
そして。
初めて
彼女は祈った。
「どうか
あの人が
消えてしまいませんように」
その瞬間。
遠くの空が
かすかに
歪んだ。
まるで
世界が
その祈りを聞いたかのように。
だがミレアは
まだ知らない。
この小さな祈りが
やがて
世界の運命を揺るがすことになるとは。
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