書くことをもっと自由に。もっと楽しく。②
書くって、誰かのためじゃなくていいんだよ。
ねぇ、ちょっといい?
最近さ、「何か書いてみようかな」って思った瞬間……あったりした?
でも、すぐにやめちゃったことない?
たとえば、こんなふうに思って。
「こんなこと書いて、誰か読むの?」
「うまく言えないし、やっぱやめとこかな……」
「ちゃんと役に立たないなら、意味ないよね」
もしそんな風に、心の中でため息ついたことがあったなら──
きっとこのnoteは、あなたに向けて書いてる。
「誰かの役に立たなきゃ」って思って、しんどくなってない?
私も昔、そうだったんだよね。
“ちゃんと書こう”とか、“読まれるように”とか、気にしすぎてさ。
テーマも内容も、どこか「ウケのいいやつ」に寄せてた。
共感されそうな話、タメになる情報、響きそうな言葉……
でもね、書き終えたあと、ぜんぜんスッキリしなかったんよ。
あれ……これ、本当に“自分が書きたいこと”だった?
って、ふと我に返る感じ。
誰かのために書くことも素敵なんだけど、
それが続くと、だんだん“自分”が抜けてくる。
書くって、本当はもっとラフでよくない?
考えてみて?
子どもの頃って、「今日カレーおいしかった!」だけで立派な日記だったじゃん。
好きな人の名前、ノートの隅に書いてドキドキして。
なんか悲しかった日には、「ムカついた」「泣いた」とか書いてスッキリして。
あれ、うまく言おうとしてなかったよね。
でも、ちゃんと「自分の気持ち」がそこにあった。
書くことって、本当は“そういうもん”だったんじゃないかな。
「ちゃんとしなきゃ病」、そろそろ手放してもいいかも
「うまく書けない」って悩んでる人、めっちゃ多いと思う。
私もそうだったし、今でもちょくちょくある。
でもさ、それってだいたい**“うまく見せようとしすぎてる”とき**なんだよね。
• 読まれそうな言葉を選んで
• 誤字脱字に気を張って
• うまい構成じゃなきゃダメって思い込んで
……そんなんじゃ、心の声なんて出てこないよ。
もっと、ゆるくていい。
感情むき出しでも、文末バラバラでも、支離滅裂でもいい。
ちゃんと気持ちがある言葉って、それだけで刺さるんよ。
だから、まずは**“自分に向けて書く”**ってところから始めてみるのもアリ。
書くって、ある意味「自分と話す」ってことかも
たとえばさ、なんかモヤモヤしてるとき、
ノートにぶわぁーって気持ち書いて、ちょっとスッキリした経験ない?
書いてるうちに、「あ、私ほんとはこう思ってたんだ……」って気づいたり。
あれって、自分の中の声をすくい上げてる作業なんだと思う。
人に話すより、自分の言葉で整理した方がスーッと納得できたりするし、
気持ちがちゃんと形になるだけで、少し軽くなったりもする。
書くって、けっこうやさしい時間なんだよ。自分にとってね。
書いても、読まれなくても、それでもいい
noteってつい“公開前提”で考えがちだけど──
別にね、書いたって公開しなくてもいい。
保存だけしてもいいし、
後でこっそり読み返すだけでもいいし、
最悪、書いたあとに消しちゃってもいい。
それでも、書いたってことは、
**ちゃんと「心を動かした証拠」**なんだよね。
でも、たまに──誰かの心に灯ることがある
これ、ほんとにあるんだけどさ。
こっちは「なんとなく書いた」くらいの文章でも、
誰かから「すごく響きました」って言われたりすることがあるんだよ。
• 自分と重なった
• なんか泣けた
• 気持ちがちょっと軽くなった
そんな言葉をもらったとき、あらためて思った。
誰かのために書いたわけじゃなくても、
“自分のために書いた言葉”が、
巡り巡って、誰かの心に届くこともあるんだなって。
最後に。ちょっとだけ、伝えたいこと
もし今、「書く意味がわからない」とか、
「私には無理かも」って思ってたとしても──
どうか、自分にこう言ってあげてほしい。
書いていい。
うまくなくていい。
誰にも見せなくていい。
それでも、“今の私”が書きたいって思った気持ちは、大切にしていい。
あなたの言葉は、誰かと比べる必要なんてない。
あなたにしか書けない「一行」を、待ってる人がどこかにいるかもしれない。
💬「なんか分かるなぁ」って思ってくれたら、
ぜひコメントで、あなたの想いや“書くこと”への気持ちを聞かせてください。
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🌱 あなたの言葉、今日もどこかで芽吹くかもしれない。
また、書くことで会いましょう。
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