小さな活動ほど、ひとりが抱える仕事が多くなる
小さな活動ほど、ひとりが抱える仕事は多くなりやすい。
小さな活動というか、小さな団体かな・・・
最近、そんなことをよく考えます。
表に立つ人。
内容を考える人。
準備をする人。
発信する人。
日程を調整する人。
関係各所とやりとりをする人。
当日の流れを確認する人。
大きな現場であれば、それぞれに担当が分かれていることもあります。
でも、少人数で動く活動では、そうはいかないことが多いです。
ひとりが、いくつもの役割を行き来する。
自分の担当だけを見ていればいいわけではなく、足りないところに気づいた人が動く。
誰かが困りそうなら、先に確認しておく。
必要なものが抜けていそうなら、整えておく。
そうやって現場が進んでいくことがあります。
もちろん、それが悪いことばかりではありません。
少人数だからこそ、動きが早いこともあります。
気づいたことをすぐ形にできることもあります。
全体を見ながら、柔軟に動ける良さもあります。
ただ、その一方で、仕事の境目はとてもあいまいになりやすい。
これは誰の担当なのか。
どこまでが準備なのか。
どこからが発信なのか。
何をいつまでに決める必要があるのか。
誰がその確認をするのか。
そういうことが、はっきりしないまま進んでいくことがあります。
そして気づけば、よく気づく人、動ける人、整えられる人に、細かな仕事が集まっていく。
本人も、最初はそれを特別な負担だとは思っていないかもしれません。
必要だからやる。
気づいたからやる。
今やらないと後で困るからやる。
そうやって、ひとつずつ対応していく。
けれど、その小さな対応が積み重なると、思っている以上に時間も気力も使います。
関係各所とのやりとり。
日程や場所の確認。
案内文の作成。
資料の修正。
発信内容の整理。
当日の流れの確認。
終わったあとの振り返りや連絡。
ひとつひとつは大きく見えなくても、全部を合わせると、かなりの量になります。
しかも、こういう仕事は外から見えにくい。
表に出るものは分かりやすい。
完成したもの、本番、発表、投稿、イベント。
でも、その手前にある確認や調整や準備は、見えにくいまま残りがちです。
うまくいったときほど、何もなかったように見える。
問題が起きなかったときほど、その前に誰かが整えていたことは見えにくい。
だからこそ、小さな活動ほど、「何に時間がかかっているのか」を言葉にすることが大事なのだと思います。
表に出る前に、どんな準備があるのか。
ひとつの発信の裏に、どんな確認があるのか。
当日を迎えるまでに、どれだけの調整があるのか。
誰かが動きやすいように、どんな工夫がされているのか。
それを見える形にしていくことは、現場を責めるためではありません。
むしろ、活動を続けていくために必要なことだと思います。
好きなことや大切な活動ほど、「気持ち」で乗り切ろうとしてしまうことがあります。
好きだからできる。
大事だから頑張れる。
必要だから、なんとかする。
そう思えることは、とても大切です。
でも、気持ちだけで抱え続けるには限界があります。
続けたい活動だからこそ、誰かひとりの気づきや頑張りだけに頼りすぎない形を考える必要がある。
何を分けられるのか。
何を仕組みにできるのか。
どこを言葉にしておくと、次が楽になるのか。
どんな形に整えると、関わる人が動きやすくなるのか。
そういうことを考えるのも、活動を続けるための大事な仕事なのだと思います。
私自身も、少人数の現場の中で、いくつもの役割を行き来してきました。
表に立つこともある。
裏で準備することもある。
発信や資料を整えることもある。
人と人のあいだに立って、必要なことをつなぐこともある。
その中で感じてきたのは、小さな活動ほど、見えない仕事を見えるようにすることが大切だということです。
誰かが抱えすぎる前に。
大切な活動が止まってしまう前に。
好きなことを続ける土台が、少しずつ弱くなってしまう前に。
小さな仕事を、小さなまま見過ごさないこと。
それが、活動を長く続けていくための整え方なのかもしれません。
