【思考の整理術】反面教師は必要悪ではない #朝の活字習慣
理不尽な要求を通そうとする人や、職場で感情のままにキレる人のエピソードって、無くならないですよね。
「こういう人にはならないでおこうと固く誓いました」っていう、あの定番の締めくくり。
みんな優しいから、「あの人は反面教師だ」って自分を納得させて、なんとかその場をやり過ごそうとする。
心の平穏を保つための防衛本能としては、すごくよく分かります。嫌な思いをした分、せめて自分の人生の教訓として回収しないと割に合わないですからね。
でも、ちょっと待ってください。
それ、本当に「めでたしめでたし」で終わらせていい話なんでしょうか。
頭の中を整理してみましょう。
「他人の失敗や悪意から学ぶこと」と、「その悪意そのものを放置すること」は、全く別の問題なんです。
ここ、結構ごっちゃになりがちなんですよね。
「あんな風にはならないでおこう」と心に誓うのは、あなた自身の成長の話です。
これは間違いなく素晴らしいこと。
でも、だからといって「あの人も私に気付きを与えてくれた必要な存在だ」なんて、無理に美談に仕立て上げる必要は一切ないんですよ。
暴言を吐く人、ルールを守らない人、他人を不当に傷つける人。
そういう人たちを「反面教師」という便利な言葉でコーティングして、その存在を容認してしまうのは危険です。
学ぶことと、許すことは違います。
自分の人生の「教科書」にしてやるのはいいけど、その「悪行」まで見逃してあげる義理なんて、どこにもないんです。
これ、長年お店のカウンター越しにいろんな人間模様の修羅場を見てきたからこそ思うんですけどね。
ヤバい人を放置すると、結局、真面目にやってる周囲の人が疲弊して辞めていくんですよ。
有害なものは有害。
「学びの素材」にするのは勝手ですが、そこはシビアに線を引かないと、結局は組織や自分たちの首を絞めることになります。
だからこそ、どう向き合っていけばいいのか。
「反面教師は必要悪ではない」と、きっぱり見切ることです。
何か嫌な目に遭ったとき、「よし、これを教訓にしよう」と自分をアップデートするのは大正解。
でも、その次のステップとして、「だからといって、あなたのその振る舞いはNGです」と、突き返す強さを持ってほしいんです。
対人関係でもコミュニティ運営でもそうですが、線を引くべきところは引く。
毅然と対応する。ルール違反には適切なペナルティを科す。
「反面教師」って言葉は、自分が理不尽に耐えるための鎮痛剤じゃないんですよ。
もしあなたの周囲に、いつも迷惑をかけている人がいるなら、「あの人を反面教師にしてみんなで成長しよう」なんていう気持ち悪いスローガンは今すぐゴミ箱に捨ててください。
必要なのは、その問題行動を止めるための具体的なアクションです。
注意する、仕組みを変える、あるいは然るべき部署や機関に報告する。
もしそれが全く機能しない環境なら、全力でそこから逃げる準備を始めること。
悪意や理不尽を、無理に自分の栄養にしなくていい。
もっと美味しくて健康的な食事は、世の中にいくらでもありますからね。
僕も、無駄な我慢はさっさとやめて、正しいことにしっかりとエネルギーを使っていきます。
一緒に、風通しのいい場所を作っていきましょう。
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