少子化問題の本質とは?(前編)自由の代償:「個人の尊重」が招いた少子化の構造
はじめに
少子化問題が叫ばれて久しくなります。手厚い児童手当や育休制度の拡充、教育費の無償化など、政府や自治体によるさまざまな経済支援策が打ち出されています。
しかし、どれほどお金を投入しても、少子化の歯止めがかかる気配はありません。
なぜなら、この問題の根本にあるのは単なる「経済的な負担」だけではないからです。私たちが昭和から令和にかけて知らず知らずのうちに受け入れてきた、「社会規範の変化」と「個人の自由の拡張」という、より大きな構造の変化こそが本質ではないでしょうか。
今回は、少子化の背景にある「社会規範の変化」を紐解き、私たちが「生きやすさ」と引き換えに何を失ったのかを考えてみたいと思います。
1.昭和の「デフォルト型」と現代の「選択型」
かつての昭和の時代、特に高度経済成長期からバブル期頃まで、結婚し、子どもを生み育てることは社会の「デフォルト(初期設定)」でした。
学校を卒業したら就職し、適齢期になれば結婚して子どもを持つ。それが「大人としての当たり前の人生モデル」であり、疑う人の方がごく少数派だったのです。何らかの理由で結婚できなかった人や子どもを持てなかった人が、非常に肩身の狭い思いをしていたのも事実です。
しかし現代はどうでしょう。結婚も出産も、完全に「個人の選択の自由」となりました。
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