なぜフランスの大学は、政府の決定に『従わない』のか?
もし、日本の政府が「国立大学の授業料を明日から10倍にします」と閣議決定したら、どうなるでしょう。
おそらく、大きな議論は巻き起こるものの、最終的に大学は(あるいは学生は)その決定に従わざるを得ないはずです。それが「国の決定」だからです。
ところが2019年、フランスでまさにそのような事態が起きた時、多くの大学は驚くべき行動に出ました。
「政府の決定ですが、ウチの大学は適用しません」
え、そんなことできるの? 法律(政令)なのに、無視していいの?
日本の常識では考えられない、このフランスの「大学の反乱」。 その背景には、私たちが「なるほど!」と唸ってしまうような、日本とは根本的に異なる大学のあり方、歴史、そして「思想」がありました。
発端は「授業料15倍」というとんでもない政令
まず、何が起きたのかを整理します。
2019年、マクロン政権は「Bienvenue en France(フランスへようこそ)」という名の戦略を打ち出しました。聞こえは良いですが、その中身はEU圏外(日本も含む)からの留学生の授業料を、大幅に引き上げるというものでした。
フランスの大学の授業料は、それまで「ほぼタダ」と言っていいレベルでした。
学士課程:年間 170ユーロ(約3.0万円)
修士課程:年間 243ユーロ(約4.3万円)
これは授業料というより、ほぼ「登録料」です。 ところが、この新政策(政令)では、EU圏外の学生について、この金額が一気に引き上げられました。
学士(Licence):170ユーロ → 2,770ユーロ(約48万円)
修士(Master):243ユーロ → 3,770ユーロ(約66万円)
なんと、10倍から15倍というとんでもない値上げです。 もしこれが全国で一律に適用されていたら、多くのアジアやアフリカからの留学生が、フランスでの学びを諦めざるを得なかったでしょう。
なのに、なぜ「適用しない」大学が続出したのか?
この政策は、単なる「政府の方針」ではありません。法的な拘束力を持つ「政令(décret)」として正式に法制化されたものです。
日本の感覚で言えば、これは「法律」です。 大学は、国から運営費(予算)をもらっている「公立」の機関。当然、従うべき立場にあるはずです。
ところが、現実には、非常に多くの大学が公然と「この授業料値上げを適用しない=従来の金額を据え置く」と発表したのです。
リヨン第2大学、パリ・ナンテール大学、レンヌ大学、トゥールーズ大学、ルーアン大学、そしてソルボンヌ大学(パリ第4大学)やパリ第8大学まで…。 まさに「名だたる大学」が、これほど広範囲にわたって、次々と「反旗」を翻しました。
なぜ、そんなことが可能だったのか? 「法律違反」じゃないの?
その謎を解くカギは、フランスの大学が持つ「強い自治権」にあります。日本の大学とは、その「立ち位置」が根本から違っていたのです。
そもそも、なぜ政府は値上げしようとしたのか?
大学の反乱を理解する前に、政府がなぜこんな値上げを法制化したのか、その「建前」(公式な目的)を知っておく必要があります。
政府のロジックは「値上げと引き換えに、留学生の受け入れ環境を劇的に改善する」というものでした。
「タダ同然」は、逆にフランスの価値を下げている 「授業料が安すぎることが、『フランスの教育は質が低い』という誤ったイメージを国際的に与えている。『適切な』価格設定こそが教育の価値を高める」と主張しました。
値上げ分は「受け入れの質」向上のために使う これが最大の建前です。値上げで得た財源で、奨学金(特に発展途上国向け)を3倍に増やし、ビザ手続きの簡素化や英語コースの拡充、住居サポートなどを強化する、と明言しました。
「裕福な留学生」が「貧しいフランス人学生」を助けるべき 「豊かな先進国(例:アメリカや日本)からの留学生も、フランス国民の税金でタダで学ぶのはおかしい。彼らに相応の負担をしてもらい、国内の学生や途上国の奨学生を支えるべきだ」という理屈です。
まとめると、政府の狙いは「国際競争力の強化」でした。 しかし、大学や学生たちは「それは建前だ。実態は単なる財政緊縮であり、教育の公平性を破壊するものだ」と、このロジックを真っ向から拒否したのです。
謎を解く3つの「なるほど!」
なぜ大学は、政府の「建前」も「法制化」もはねのけ、「NO」と言えたのか。それには、制度・権限・歴史という3つの強烈な理由があります。
理由1:【制度】「国の一部」ではなく「独立した公共機関」だから
これが日本との最大の違いです。
日本の「国立大学」は、法人化されたとはいえ、今も国の機関(文科省)の強い影響下にあります。国の予算で運営され、国の方針に従う「縦の関係」です。
一方、フランスの大学(EPSCPという形態)は、 「公立(=国から資金は受ける)だが、国家の下部組織ではない」 という、特殊な立ち位置にあります。
彼らにとって大学は「国の出先機関」ではなく、「国とパートナー関係にある、独立した存在」なのです。
そのため、授業料についても奇妙な「二重構造」が生まれます。
国(政府): 授業料の「枠組み」や「参考額」を政令で決める。
大学(評議会): その枠組みを受け止めつつ、実際に適用する「金額」を自分たちで決定する。
つまり、大学側には「政府が新しい枠組み(2,770ユーロ)を示したのは理解した。しかし、我々の自治の範囲で、適用額は従来通り(170ユーロ)とする」と主張する法的・制度的な「余地」が残されているのです。
理由2:【権限】その授業料、学生が「投票」で決めるから
「大学が独立してるのはわかった。でも、一体『誰』が政府に反対したの?」
それは、「学生」自身です。
フランスの大学には、運営評議会(Conseil d’administration)という、大学の最高意思決定機関があります。驚くべきことに、ここには教員や職員と並んで、学生の代表が「正式なメンバー」として参加しています。
日本の大学のように、学生がオブザーバーとして意見を述べるだけではありません。 彼らは、大学の重要事項に対して、教授たちと対等に「投票権」を持っています。
大学の予算
教育方針
そして、授業料の決定
さらには、学長選挙にすら票を持ちます
当然、EU圏外の留学生の授業料を15倍に引き上げる案がこの評議会にかけられると、学生代表たちは「教育アクセスの公平性に反する」と猛反発します。
そして、彼らが教員の一部と組んで「NO」と投票すれば、それが大学の正式な「NO」になる。 こうして、多くの大学の評議会が「授業料の据え置き」を可決したのです。
理由3:【歴史】大学自治は「革命」で勝ち取った権利だから
なぜ、ここまで大学の自治や学生の権限が強いのか。 それは、彼らがその権利を「お上から与えられた」のではなく、「歴史的に国家と戦い、勝ち取ってきた」ものだからです。
その象徴が、1968年の「五月革命(Mai 68)」です。
学生と労働者がパリの街を埋め尽くし、社会全体の権力構造に「NO」を突きつけたこの革命的な出来事を経て、フランスの大学は生まれ変わりました。
「大学は、国家の管理下にあるべきではない」
「大学は、社会の知を担う“共同体”である」
「大学の運営には、学生も主体的に参加すべきだ」
この強烈な理念が、五月革命以降、フランスの制度として深く根付いています。 大学自治とは、彼らにとって「歴史が保証する原則」であり、守るべき「砦」なのです。
だから、政府が大学の理念(=留学生の多様性や、教育アクセスの公平性)に反する方針を打ち出してきた時、彼らは「歴史的権利」として、この自治権を発動するのです。
日本とは「前提」が違いすぎた
こうして見ると、なぜ私たちが「法律なのに、なぜ従わないの?」と不思議に思ったのか、その理由が見えてきます。日本とフランスでは、「国と大学の関係」という前提が、あまりにも違いすぎたのです。
日本の大学(特に国立):
関係: 政府 > 大学 (縦の関係)
制度: 文科省の予算や評価に強く依存。学長の選出にも国の意向が働きやすい。
結論: 政府の方針に「従わない」という選択肢が、制度上ほぼ存在しない。
フランスの大学:
関係: 政府 ≠ 大学 (対等・交渉の関係)
制度: 学長は内部の選挙で決まる。学生が運営に投票権を持つ。自治権が法制度で強く守られている。
結論: 政府の方針が大学の理念に反する場合、交渉し、時には「対抗できる」主体である
まとめ:「大学は誰のものか」という思想の違い
フランスで起きた「授業料値上げの拒否」は、単なる授業料をめぐる攻防ではありません。
それは、「大学とは、そもそも誰のものか」という、国の根本的な思想の違いを示す、象徴的な出来事でした。
フランスでは、大学は「独立した公共の知の共同体」とされています。 だからこそ、国家の政策(政令)であっても、大学が自らの理念(多様性や公平性)と自治を優先して、それを「適用しない」と判断する余地が生まれるのです。
政府の「政令」を、大学の「自治」が事実上、無効化する。 日本では考えられないこの光景こそが、フランスの強固な大学自治の姿なのです。
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