『殴り殴られ詩人酒バア』ep.26「スケコマシ爆弾と花茄子色の夕焼け」
よもぎさんに捧ぐ
夕暮れの茶屋は、いつもより少し甘い匂いがした。
ぜんざいの湯気が、丸窓から差し込む橙色の光に溶けている。
卓のまんなかには、赤むらさき色の花茄子がちょこんと置かれていた。
「お前なあ……」
向かいに座る大ちゃんは、ぜんざいの焼き餅を箸でつまみ上げたまま、ぷるぷる震えている。
「なに?」
朔ちゃんはのんびりと小豆をすくっている。
「お前は女の人にモテすぎだ!」
出た。今日三度目の宣言である。
「はあ?」
「はあ?じゃねえ! このスケコマシが!」
大ちゃんは焼き餅を口に放り込み、熱さにのたうち回りながらも続ける。
「スケコマシ爆弾、どっかーん!」 と、朔ちゃんの額に指でぐりぐり。
「痛い痛い」
「スケコマシグリグリ、追加!」
ぐりぐりぐり。
朔ちゃんはやられっぱなしである。
反撃の気配は一切ない。
「お茶飲め、お茶」
「熱っ! なんでこんな熱いんだ!」
自分で勢いよく飲んでおいて怒る大ちゃん。
茶屋の娘がくすっと笑い、また奥へ消える。
朔ちゃんは首をかしげた。
「そんなに怒ることか?」
その一言である。
大ちゃんの頭から、ふわっと湯気が立った。
見える。確実に見える。
「怒るだろ! 普通怒るだろ! なんでわかんねえんだよ!」
「なにが?」
「なにがって……!」
言葉が詰まる。
花茄子が、ふたりの間で静かに揺れている。
赤と紫が混ざった色。
夕陽と同じ色。
大ちゃんはぜんざいを一気にかき込み、水をがぶ飲みした。
「食え」
「もう食べてる」
「もっと食え。なんも食えなくなるくらい食え!」
「なんでだよ」
「いいから食え、このスケコマシ!」
朔ちゃんは素直に追加の栗を口へ入れた。
もぐもぐ。
効き目ゼロである。
大ちゃんは机をばん、と叩いた。
「俺はなあ! もう懲り懲りなんだ!」
「なにに?」
「お前の鈍感さにだ!」
朔ちゃんは、しばらく考えてから言った。
「俺、鈍いのか?」
「鋼鉄だ!」
花茄子が、また小さく揺れる。
本当は――
大ちゃんは少しさみしいだけだった。
朔ちゃんが、誰かに笑いかけるたび。
誰かが朔ちゃんを呼ぶたび。
胸の奥が、もやっとする。
でもそれを言葉にするのは、どうにも照れくさい。
だから。
「スケコマシ爆弾、再装填!」
ぐりぐり。
「いてて」
やっぱり効いていない。
茶屋を出るころには、朔ちゃんの顎はほんのり丸くなっていた。
食べすぎである。
「腹いっぱいだな」
「夢もいっぱいだ」
「なんだそれ」
「知らん」
大ちゃんは急に声を張り上げた。
──財布軽けりゃ足まで軽い
足が軽けりゃ空も飛べる
空から降ってくるスケコマシ
拾って煮ても味しない
それでも鍋ごと抱えて帰れ!
「替え歌攻撃!」
「長いな」
「感想それかよ!」
夕焼けは花茄子みたいな色だった。
道の向こうから、黒い学生服の少年が歩いてくる。
金のボタンがきらりと光る。
少年はふと立ち止まり、こちらを見た――ような気がした。
だが。
「次、どこ行く?」
朔ちゃんが言う。
「まだ食うのか?」
「いや、散歩」
「なんだよ」
ふたりは並んで歩き出した。
学生は、思わずすかしっ屁をしたが、
二人は気づかない。
というより、世界に興味がなかった。
腹がいっぱいで、
胸もいっぱいで、
笑いがこみ上げてくる。
「なあ」
「なんだ」
「俺、そんなにモテてるか?」
「モテてる」
「自覚ない」
「そこがムカつく!」
また背中を叩く。
「痛いって」
「やんのか」
「やらん」
ふたりは同時に吹き出した。
花茄子色の空の下、
怒りも嫉妬も、もう夕焼けに溶けている。
大ちゃんはふと、つぶやいた。
「まあ……ほっとくに限るな」
「なにを?」
「お前をだよ」
「なんだそれ」
朔ちゃんは笑う。
大ちゃんも笑う。
並んで歩く足音が、妙に軽い。
財布は軽いかもしれない。
でも心は重たくない。
むしろ、やたらと軽い。
モヤモヤはある。
悩みもある。
言えない気持ちも、たぶんある。
それでも。
腹いっぱい。
夢いっぱい。
夕陽はまだ沈まない。
ふたりは歌いながら、跳ねるように帰っていった。
スケコマシ爆弾も、
スケコマシグリグリも、
替え歌攻撃も、
なにも効かない。
効かなくていい。
明日もたぶん、また騒ぐ。
それでいい。
笑って歩けるなら、
それでいい。
