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この小説はより一段深く読むと、実は出来事そのものよりも、主人公・朔也(さくや)の心の変化を描いた作品に見えてきます。


一見すると、

「体調を崩した少年が学校へ戻る話」

です。

でも本当は、

弱った自分 → 誰かに支えられる → 自信を取り戻す → 少し危うい万能感を持つ

という精神の流れを描いています。

順番に読んでいきます。



① 最初の風景は「朔の心の状態」を表している

冒頭。

濡れ綿衣のしゃきりとした音
蒼褪めし虚脱の空
立ち枯れたタチアオイ

何を言っているかわかりにくいですよね。

でもこれは説明ではなく、**心象風景(気持ちを景色で表現する手法)**です。

ポイントは、

  • 濡れている

  • 青白い

  • 枯れている

  • 水を与える

という言葉。

つまり、

朔はまだ完全には元気じゃない。

少し生命力を失っていた状態です。

でもそこへ、

土に水をやる。

花が揺れる。

これは、

死にかけていた心や身体に、少しずつ命が戻るイメージ

とも読めます。

作者は「元気になった」と直接書かず、景色で表現しています。


② 洗濯の話は「自分を洗い直したい」という願望かもしれない

ここ、かなり重要です。

朔が突然言います。

「俺、洗濯屋でも始めようかと思うよ」

変ですよね。

なぜ洗濯?

洗濯って、

汚れを落として、きれいにして、もう一度使えるようにする行為

です。

朔自身、

病気になったり、弱ったり、何か精神的に消耗していた可能性があります。

だから、

洗濯屋になる

自分自身を洗い直したい

という無意識の願いにも見えます。

イヨさんは真面目に受け取らない。

でも朔の中では、意外と本気の願望なのかもしれません。


③ 法曹崩れは「執事」でもあり「親」でもある存在

この人物はすごく面白いです。

彼は朔に、

服をかける
ボタンを留める
身だしなみを整える

という行動をします。

ここだけ読むと執事。

でも心理的にはもっと近い。

これは、

もう一度社会へ送り出す保護者の役割

です。

しかも、

「坊っちゃま、お似合いですよ」

という言葉。

これは単なる服の話じゃない。

意味としては、

「もう外へ出ても大丈夫ですよ」

という許可でもあります。

朔はそれを受け取って、少し誇らしくなる。

つまりこの場面は、

自己肯定感を他人から受け取る場面

なんです。


④ 二日ぶりの玄米は「生き返った証拠」

ここ、静かだけど名場面です。

朔は、

二日ぶりの玄米は最高級の料理より美味かった

と言います。

普通に読むと、

「お腹空いてたんだな」

で終わります。

でも深読みすると違います。

病気の時って、

食べる気力もない。

味も感じない。

だから、

食事が美味しい

生きる感覚が戻った

ということ。

ここで初めて朔は、

世界を楽しむ側に戻ってきています。


⑤ 最後の「悪魔」は本当の悪ではない

一番難しい場面です。

門番を見て、

少し怖い。

でもなぜか気持ちいい。

支配している感じ。

そこから、

悪魔のようになって階段を昇る

となる。

これは何か。

たぶん、

回復した人間が感じる危険な高揚感

です。

弱っていた時は世界に負けていた。

でも元気になると急に、

「俺、いける」

と思う。

すると少しだけ人を見下したり、自分を特別に感じたりする。

これは誰にでもあります。

だから悪魔とは、

邪悪じゃない。

自意識が大きくなった自分のこと。

朔は今、その入口に立っています。


この小説の本当のテーマ

この話は、

「病気が治った話」

ではありません。

もっと深く言うと、

弱った人間が再び世界へ戻る時、人は感謝だけでなく、誇りや傲慢さまで一緒に取り戻してしまう

という話です。

だからラストは爽やかだけど少し不穏。

完全なハッピーエンドではない。

朔は回復した。

でも、その先でどんな人になるかはまだ決まっていない。

そんな少し危うい青春の入口を描いた作品だと読めます。

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