かみのおもひで
【注意:
当記事には、度々『神』のワードが出てきますが
これは世界に存在するあらゆる宗教の神を指すものではありませんし、それと比較するものでもありません。
あくまで私、走燐の『神』のイメージの変遷を綴った記事ですので
例えば、1神教を信仰しておられる方が
「例え頭の中でも、自分が信仰をしている宗教のガイドラインが定めた存在以外を『神』と呼びたくない」
と思われたならば、当記事内の『神』の部分を
『イケてるファニーどんぶり』等の無関係なワードに置き換えて頂けると幸いです 】
「神様ってなんだろう?」
そう考えるのが中々面白いのです
「神は居ない」と言われる方が以前に比べ増えてきたように見える昨今
そもそも『神』ってなんぞ?
そう考える事には大きな価値があると思うのです
これは、『神』について考えすぎてどんどん拗れていった私の中の『神』さま像の、変遷の記録
物心が付くか付かないかの頃、多くの子供達は初めて『神』の名前を聞くでしょう
「かみさまは、この世界を作った人なのよ」
レゴかプラモか、はたまた粘土か
初めて神の名を聞いた時には、やたらモノづくりの上手いおっさんがいたものだと思いました
それから少しして、
曰く「杖を振り回して海を割った」
曰く「湖の上を歩いた」
等と聞くと、
「風圧で海を割ったのかよ、すげぇ」
「右の足が沈む前に左足が出せたのかよ、すげぇ」
等と、神さまの類稀なるフィジカルに敬意を抱きはじめます
モノづくりから、筋肉へ
ビルドの意味が変わった瞬間でもありました
暫くすると、風の噂でききました
どうやら神さまはたくさんいて
神さま同士はあまり仲良くないようなのです
それどころか、
信者達は自分の神さま以外を信仰している人達には
ちょっと信じられないくらい辛く当たるのです
あれだけの功夫を積んでいるのですから
神さま同士が覇を競うのは納得なのですが
虎の威を借る狐のように、信者達がイキり立つのには、当時の私は納得できませんでした
ある日、母の病気が発覚しました
ずいぶん前から生活習慣病だったのですが
忙しくて病院に行けなかったのです
合併症にかかっていました
病院ではずいぶん怖い事を言われたようです
母は遠方から移住した人なのですが
この頃から、実家で信仰していた宗教に熱心になっていきます
幸いカルトのような宗教でもなく、母の実家からは1000キロ以上離れていたので直属の教会との繋がりは薄く
母は神の奇跡による病気の快癒を求めて、微笑ましく信仰をしていました
その頃になると、私も子供の宗教観を脱ぎ捨て
『神』とは1人の人間ではなく、象徴のような存在だと理解していました
輝く汗から神の威光へ
筋肉からの解脱を果たしていたのです
母は言いました
強く信じていれば、神さまは奇跡を起こしてくださるのだと
母に奇跡を起こしてくれるのだから
神さまはきっと、
不定形の
形は無いけどなんか龍っぽい ※イメージ
物理現象を超越した
それらしいふわふわした何かに違いないと
根拠のない自信に満ち溢れていました
この時は、神様がスピリチュアルなモンスターであると、疑いなく信じていたのです
ところが、いつまで経っても母の病気は良くなりません
降って湧いた病気と違って、生活習慣病は日々の行動の蓄積が病状に表れます
そこで、過去十数年を遡って
母の行動と病気の進行とを頭の中で照らし合わせてみたのです
すると、なんということでしょう
驚くほど、結果にコミットしていたのです
私の神さま像は揺らぎました
もしかして、今世界を回している
物理法則を始めとする数多のルールは
正確かつ、精密に機能しているのでは?
そうなると、奇跡を頼る訳にはいきません
母は、宗教を拠り所にしてからは、病院に行かなくなっていました
私は母に言いました
「神様が病気を良くしてくれるなら、病院に行かずしてどうやって奇跡の有無を確認するのか」と
母は頑なに病院には行かず、意識不明になってはじめて入院したものの、そこからは長くありませんでした
あの時母に必要だったのは、神を信じる心ではなく
自らの病状と向き合う勇気だけだったのだと気付いたのは、それから大分経った後のことでした
私の神さまに対する考察はますます拗れていきます
この頃になると、神さまは現実世界に影響を及ぼす存在とは思えなくなっていました
3次元世界に影響がなくとも、世界の形成に何らかの恣意的な影響を与えた“情報構造体”だと
このような呼び方になるのは、神さまが生命であるとも言い切れなくなっていたからです
いつしか、神様について考える事を、自分のライフワークだと思うようになっていました
人間は、自分より高次の存在について考え始めると
途端に想像力が減衰していきます
捉えどころがないと、いつまでも考えていられました
「次元が増えていくと、干渉できる領域も増える
3次元存在である自分たちの知らない内に干渉できる存在もいるかもしれない」
「物理的な結束が緩くなるほど、情報の伝達は早く・複雑になっていく。鉱物から有機物、そして脳内の電気信号へ。
AIを踏み台にして電子のネットワークを越えて、情報伝達の最先端が重力にでも移れば、時間を越えて干渉できる何らかの存在が確認できるかもしれない」
完全に妄想になっていました
ふと、周りの人達を見ていると
信仰を持つ人は
神様とは信じるもの
その有り様を受け止めるものと捉えているようでした
簡潔にいうと、運用するための存在でした。
私のように、その存在を詳らかにしてやろうといつまでも考察する存在ではなかったのです
そこに、新たな気づきがありました
人間とは、どうしようもなく情報処理能力の弱い存在です
世界を理解しようとすると、どうしても甚だしく劣化したモデルしか作れません
当然、バグや綻びがあります
そこに、『整合性を求めない』“信じる心”が人の心にすっと入り込み、矛盾を感じなくなった人に安心が与えられていたのです
なるほど確かに
『神』さまは、人々を救う存在なのだなと
ここでようやく納得することができました
しかし、この考え方でいくと
『神』の存在は、幼い人類に対するゆりかごのようなもの
いつか巣立つべき存在であるのは間違いないので
私は
人類全体の処理能力をバッキバキに高めて
バグなしで世界を覗き込んで
次元の壁も飛び越えて
上位存在である、私カテゴリーの『神』さまの
首根っこを掴んで晒す事を、あきらめられそうにないのです。
