掌編小説【落とし物語】#片想い文芸部
ナル様の下記記事に参加させていただきました。お世話になります。
よろしくお願い申し上げます。
令和の若者たちのあいだで″昭和レトロブーム″が再燃しているらしい。
夕食を終えたあと、コーヒーを飲みながら娘とテレビを眺めていると、そんな特集が流れていた。
「へえー、昭和の雑貨がまた人気なんだって」
「昭和ねえ……懐かしいなあ。そういえば昔、似たような言葉を聞いたことがあるわ」
「え?なになに?」
「あら、珍しい。気になる?」
「うん、すごく!」
「じゃあ話そうかな。ちょうど15年くらい前だったかしら。今みたいな梅雨でね。当時は鉄道会社の落とし物センターで働いていたの」
「へえ、お母さんが?」
「そう。梅雨ってね、傘の落とし物がものすごく多くて。毎日これでもかってくらい届くのよ。
それを一本ずつ、場所や時間、特徴を記録して棚に並べるんだけど、そのなかに一つだけ、すごく古びた″和傘″が混じっていたの」
「和傘?へえ、珍しい!」
「そうでしょ。同僚とね『これって昭和レトロじゃん』って話になって。そのときもレトロブームがちょっと来てたのかな。
で、いつもの通り検品してたら、うっかり開いちゃったの。そしたら柄のところに″清″と″和子″って名前が彫られてたのよ」
「名前……?」
「そう。まるで相合傘みたいにね。
それを見て、同僚と妙に盛り上がっちゃって。
『恋人同士かな』『それとも夫婦?』なんて。
でも、保管期限が近づいても、なかなか持ち主は現れなかったの」
「えっ、じゃあ捨てられちゃったの?」
「ううん。保管期限の最終日にね、若い女性に付き添われて70歳くらいのご婦人がこられたの。
その傘の持ち主だったのよ」
「わあ……!」
「本当はダメだったんだけど、どうしても気になってて、つい『あの……傘の柄に、お名前が彫ってあるの見てしまいました』って言ってしまったの。
そしたらそのご婦人、少し驚いたあとに、優しく話してくれたのよ」
「えっ!どんな話?」
「″和子″っていうのがご婦人ご本人で″清″は、幼い頃に仲良くしていた男の子の名前。
戦争の時代でね、彼は妹のように接してくれていたけど、彼女の方は密かに恋心を抱いていたんですって。
ある日、清くんが遠くへ疎開することになってしまって……
別れ際に、彼が一本の傘を渡してくれたそうよ。
『いつかまた会おうね』って。
彼女はその傘を受け取って、帰ったあと自分の手で名前を彫ったの。ふたりの名前を」
「……なんか映画みたいだね」
「でしょ?
ただ、戦争が終わっても連絡は取れなくて、再会も叶わなかったみたい。
でも、ずっとその傘を宝物として大切にしてた。
だけど、ある日失くしてしまって……
最後に傘を使ったのは、駅の近くで誰かを待っていた日だったから、お孫さんの助言もあって、ダメ元で落とし物センターに来たそうよ」
「……誰かが駅に届けてくれたのかな。
でもさ、お母さん。片想いってやっぱりつらいなー」
「ふふ……あなたもまだ子どもね。
古い傘だったけど——
大切な“想い”の詰まった『落とし物』だったわ」
終
