見出し画像

偏見を辞めた理由

「海外に行って価値観が変わった」というのは、薄っぺらくて小恥ずかしい。 だけど、偏見だらけの考え方を変えてくれたのは、間違いなく海外経験だった。

1:ネパール

自分のものさしで人の幸せを図らないこと
海外に行くといえば、先進国で異文化に触れることが全て。
新興国は怖そうだし、わざわざお金を払ってまで行きたくない。
高校生まで本気でそう思っていた。
大学生になってから、気は進まないものの、先進国より新興国の数が多いのに一生のうち一回も行かないというのが腑に落ちなくなった。
社会人になったら考え方も変わるかもしれない。
だから、大学生の今はお金もないし、気が進まないなら無理して行く必要はないかも。 だけど、社会人には時間が無い。 そうずっと自分に言い訳して一生行かない気がした。
だから、お金は無いけど時間はある大学生のうちに、一回強制的に行かせる機会を作ろう。 そんな超不純な動機で参加したのが国際協力のサークルだった。
ネパールに行く前までは、
経済的に豊かとは言えない国では、貧困から「幸せに暮らす」どころではないずだ、と差別的で、選民思想的な本当に最低な考えをしていた。
実際に行ってみると、陽気で笑顔で、穏やかに暮らしている人が沢山いた。
大人は仕事を、子供どもが学校に行って、家の手伝いをして、遊んで。
日本の人達と変わらない習慣がそこにあった。

東京は、沢山の刺激で溢れていて、いろんなことを体験できる幸せがある。
だけど、目が覚めるような新鮮な朝の空気と驚くほど綺麗な星空と、
村の人達と朝の洗濯を一緒にしたり、食事をしたり踊ったりして、
穏やかな時間を過ごす。これも紛れもない幸せだ。
幸せとは一体何だろう。
何故、経済的に豊かな国にいることだけが幸せだと思っていたのだろう。
その国には、その国なりの幸せ、辛さがある。
その人には、その人なりの幸せ、辛さがあるのだと強く感じた。
もっと世界を知って、その国の、その人の文化や暮らしを尊重したいと思った。

2:カナダ

自分の見たものを信じること
留学先のカナダでは、様々な国籍の人に出会った。
留学初日、入学者を対象とする説明会が開かれた。
その説明会でお友達になれそうな人に話しかける時、話し方と外見から勝手に国籍を予測し、誰が友達になってくれそうか判断している自分がいた。
あの国と日本は政治的に対立関係にあるから、向こうも日本人の私に対して良い心象を抱かないだろうとか、あの国の人たちは、訪日時にマナーが悪いことで有名だから関わるのをやめておこうと、友達候補を吟味するのだ。
色眼鏡もいいところだ。
そんな中、最初に私に話しかけてくれた子達は、中国人だった。
中学生の頃ぐらいから、日中関係が悪化し、国民性的にも日本人とは合わないとされているニュースだって見てきた。
だから友達候補から一番に外したのに、彼女たちは明るく話しかけてくれ、私が日本人だと知ると、日本のもので興味あるものや、好きなものを教えてくれ、仲良くなろうとしてくれた。
その子達に限らず、あらゆる場所、タイミングで中国人と友達になったけれど、皆、友好的で礼儀正しく、私が困っていたり落ち込んでいたりする時に助けてくれる子ばかりだった。
留学中は、他にも「○○人は危ないから近づかない方が良い」という話を聞いたりもした。だけど、実際にその国の人たち別に危険人物でもなく、普通の人達であることが多かった。
そんな経験を重ねる度に、いかに自分の考え方が差別的で浅はかであったかを思い知った。
どうしても自己防衛からか、悪いことを信じてしまいそうになる。
でも、何の裏付けもなく、噂や固定概念を信じるべきでも、
ましてや、それを広めたり、それを使って他人を攻撃すべきでもないのだ。

3:韓国

とは言え、「自分の見たものを信じること」を意識し続けるとこはすごく難しいことだと思う。
韓国内で反日運動が高まっていると報道されていた時期に、韓国人の友達に会いに渡韓した。
私は、韓国人の友達が日本人の私と会って友達が文句を言われたら嫌だと心配していた。
そんな心配を他所に、再会を楽しみ、駅でお別れのハグをしていた時、私が韓国人じゃないと分かっていそうな老夫婦が私達に声をかけてきた。
「何しているの?何人」と友達が聞かれているのがわかってドキッとした。 「日本から友達が会いに来た。」と友達が答えると、
夫婦は「オー、イェップダー(可愛いね)」と穏やかな顔をしながら私たちの別れを見送ってくれた。
私達の再会を祝福してくれたような気がした。
その言葉に私がどれだけ安心して、そして嬉しかったか、数年経った今でも思い出せる。
政治的に対立していても、その国の人たちは私個人に対して優しくしてくれた。だから、私も国として人を見るのではなく、人として人を見れる自分でありたい。

正直、差別用語を放たれたり、言葉にせずとも差別的な態度を受けることも沢山ある。

それでも、私が貰ってきた沢山の世界中の人の優しさを胸に生きたい。
優しさは、いつか差別をなくせると、固定概念やメディア操作に打ち勝つことができると信じている。

いいなと思ったら応援しよう!