自分に安心したら、人生はこんなにも楽しかった。
人生を変えたのは、
頑張った日ではなかった。
自分に「もう大丈夫だよ」と
言えた日だった。
先日、
ミドルシニアの情報発信サロン
SARRANI(サラーニ)の主宰者で
70歳フォトグラファーのミッチーさんが
声をかけてくださった
「無料!老後に困らないお金の学びとミドルシニア撮影会」
の集まりに参加しました。

やってみたかった背中合わせポーズ💕
お金についてお話を聞き、
一緒に笑って、
写真を撮って、
集まった方々と
たくさんお話して。

ふと帰り道に思ったのです。
「ああ、私はこんなふうに笑えるようになったんだ。」

昔の私は、
人といてもどこか
心から楽しめませんでした。
「ちゃんとしなきゃ。」
「嫌われないようにしなきゃ。」
そんなことばかり考えていました。
だから笑っていても、
体のどこかに力が入っていました。
でもこの日は違いました。
何かを証明しようとしなくても、
そこにいるだけで楽しい。
いる、それだけで十分でした。
そんな時間を過ごせる
私になっていました。
それは偶然ではなく、
少しずつ、
本当に少しずつ
自分と向き合ってきた
積み重ねなのだと思います。
私はずっと、
何かを証明しようとして
生きてきました。
ちゃんとできる自分。
役に立つ自分。
認められる自分。
愛される自分。
そんな自分になれたら、
きっと安心できると思っていたのです。
だから、
頑張ることをやめられませんでした。
止まることが怖かった。
何もしていない自分には、
価値がないような
気がしていたからです。
でもある日、
わかったのです。
私は、
「安心するため」に頑張っていた。
でも本当は逆でした。
安心は、
頑張った先に
あるものではなかったのです。
「もう証明しなくてもいい。」
そう思えた瞬間、
身体の力がふっと抜けました。
あんなに力が入っていたことにも、
その時初めて気づいたのです。
そして不思議なことが起こりました。
景色が変わったわけではありません。
仕事も、
生活も、
何も変わっていません。
でも、
私の見ている世界だけが
変わりました。
空がきれいだと思えた。
人と笑っている時間が、
心から楽しかった。
「生きていてよかった。」
そんな気持ちが、
何気ない毎日の中に
あることを知りました。
こんなふうに笑える日が来るなんて、
昔の私は思ってもいませんでした。
私はずっと、
幸せになるために頑張っていたけれど
本当は違いました。
安心したから、幸せが見えるようになった。
人生は、
自分の価値を
証明する場所ではなく、
楽しむ場所だった。
だから今、
心から思います。
自分に安心したら、
人生はこんなにも楽しかった。
もし今、
頑張っているのに苦しいなら
何かが足りないのではなく、
ただ、
安心することを
後回しにしているだけかもしれません。
私は遠回りをして、
ようやく気づきました。
だから今、思うことは
成功が目的だったわけじゃない。
もっと特別になりたかったわけでもない。
ただ、
誰かが自分に
「もう大丈夫だよ。」
そう言えるきっかけになれたら、
あの日、
置き去りにしてしまった私が
ようやく心から安心できる気がするのです。
もし、いま
頑張っているのに苦しいなら、
どうか忘れないでください。
何かを証明しなくても
あなたはもう、
そのままで大丈夫です。
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