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『セパスチャンネル』を知っている


500円(セールで買ったので400円でした)

 『セパスチャンネル』というゲームを遊んだ。

 僕は、このゲームを知らなかった。G-MODEアーカイブスということでガラケー向けのゲームであることから、コンシューマ機RPG大好きな僕には縁遠い存在に見える。

 そして、そうだ。ガラケー向けのゲームだ。ガラケーのゲームって、失礼ながら今更?と思ってしまわないだろうか?そんな煩悩が頭をよぎらないか?同年代の携帯機DSやGBA以上に容量や表現で苦労を感じるプラットフォームではないだろうか。不安というより「気になって」しまう。

 そして、その気になりは裏切られる。ことごとく。そう、『セパスチャンネル』は素晴らしいゲームだ。何を知っていようが知っていまいが、関係なく。ただ「面白い」という事実が残った。

 じゃあその何が面白かったんだよ、って話ですよね。すいません。書きます。よろしくお願いします。


気づく

 気づく。『セパスチャンネル』はちょっと僕の年代に浴びたいゲームすぎる。

 僕は今学生なんですが、これ、僕くらいの学生が学校図書館で手に取って「これ読んでるの俺だけでは…?」とほくそ笑むタイプの著作物だ。

 BGMは使い回しも多いながらも耳に残り満足度が高く、戦闘・育成システムも『女神転生』シリーズなどのようなステータス割り振りを発展させたものでミニマルながら面白い。まさに「知る人ぞ知る名作」という感じ。

 気づく。そしてシナリオは特に、思春期の僕に刃を突きつけるが如き衝撃だった。

 記憶をなくしたまま目覚めた主人公ボーイ、影を失くした勝ち気な少女ガール、不法のラジオDJセパスチャンに、犬のザ・ワン。ライトノベルだ。このメンツの濃ゆさ。

 おおまかなあらすじも、ラジオ放送が廃止され娯楽を失った街で、蠢く陰謀と戦いながらそれぞれの登場人物が「自分探し」をするという、ライトノベル青年のツボを完璧に抑えたものだ。

 気づく。さらに彼らは、立場としてそこまで強くない。ボーイもガールも血筋や仕事で秀でるものはない、燻っているだけの男女で、ワンは犬。セパスチャンだって、街で支持されるラジオDJだけど顔は知られていない。何者でもない僕たち青年が感情移入できるメンツ。

 そしてそんな彼らが、自分ってなんだろう、自分にできることはなんだろう…と葛藤する。権力に対して、街で起こる異変に対して、自分のなかの自意識に対して。そういうことを、『セパスチャンネル』はずっとしゃべっている。

 ああ〜…。

 気づく。それならば彼らも、このゲームのことを知らないということだ。

 僕の周りに、『セパスチャンネル』のことを知っている人はいない。家族とNintendoSwitchの通知を共有していたので、このゲームを購入したことが家族に知れ渡って、「なあに?これ」と聞かれた。それくらい、知っている人がいない。

 でも、彼らもこのゲームのことを知らないならば、別に孤独ではない。とりあえず、遊べばいいのだ。だって、『セパスチャンネル』はけっこうちゃんと面白いんだから

 
 気づく。『セパスチャンネル』はプレイヤーを対等に関わろうとしていたのか。大作ゲームとまた異なるような、心の動かされ方をするゲームだと思う。


情けない

 あと、このゲームの男はどいつもこいつも情けない

 ライトノベルのジュブナイル的な情けなさというか、あれだ。『FF7』のクラウドを見るような目になってしまうんだ。

 前述の通り主人公ボーイは記憶をなくし、ただ一つ「セパスチャン」というラジオDJの名前だけを覚えていた。やがて彼はこう推測する。「自分がセパスチャンなんじゃないか?」と。

 そっからはもう勢いがすごい。各所で「ぼくはセパスチャンかもしれない(情けないので断言しない)」と言って回る。

最終的に確信するけど…
打ち砕かれる

 しかし。これまた前述の通り、しっかりセパスチャン本人が本編で登場する。あれ?なんで?

 なんでだろう…。

勝手に勇気づけられた人

 …そう、ボーイは無関係のラジオファン。セパスチャンに憧れながらも、大した成果を挙げることのできない自分の人生に辟易していた何ものでもない青年だったのだ…。

 そしてこれで、ボーイはけっこう落ち込む。かなり、「情けないヤツ」の解像度が高い。自分に有利な推論に踊らされすぎているこれ、俺達では?


ボーイの押し付けもなんかズレてるよな

 まあ、こういう情けなさはセパスチャンも例外ではないのだけど。変に自分の弱さを認め、街の異変の解決などには消極的で、今の自分の影響力を恐れている。これ、俺達…いや、俺悩むほど影響力なかったわ。

 とまあ、かなり難儀な男たちが現れては変な苦悩を見せて、こちらを変な気持ちにさせてくる。とても現代的な人間像の作り方ではないだろうか。かなりSNS社会の若者に対する解像度が高いと思います。『セパスチャンネル』のストーリー。いや、この時代Twitterとかあったのか?

気づく 2

 気づく。これ、深みにはまってしまうタイプのゲームだ。

 『セパスチャンネル』では、やはり精神性のようなことが重要視され続けている。「自分探し」というのは言葉だけ流行りが終わったけど、実は今の若者はみんなそれに囚われている。

永遠の問い(いずれ答えが出る)

 それを、『セパスチャンネル』が噛み砕いて言語化してくれるから、なんか、「ありがたいな」って思う。『セパスチャンネル』、かなり言語化と表現がうまい

 僕がずっと繰り返している「気づく」というフレーズは、『セパスチャンネル』への感謝かもしれない。いや~、彼はだいぶ色んなことに「気づ」かせてくれるよ。いや、ヘンな意味じゃなくてね!?

 今もしあなたが悩んでいることが、詩になるような繊細な感情を持ち合わせてるなら、『セパスチャンネル』はやったほうがいいかもしれない。このゲームが、どこかに落としたその思いを拾い上げて読んでくれるかもよ。

知っている。

 そして、知っている。

 僕はこのゲームのオチを知っている。

 僕はこのゲームのメッセージ性の高さを知っている。

 僕はこのゲームの情けない男たちを知っている。

 前までは知らなかったけど、知っている。

 サンライトシティは今日も晴天。それもとびきり晴れている。

 あなたは今から、このゲームを遊ぶことができる。

 あなたはまだ知らない。でもいずれ、知っている。

 『セパスチャンネル』やりませんか?今日のお誘いはそれだけです。

 ぜひ自分に重ね合わせて、羞恥を感じながら、そして感心しながら遊んでいただきたい。

 きっと気に入ると思うんだけどなぁ。

 あ、じゃあ失礼します。それじゃ。

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