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『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』 の…話…?(ネタバレなし)

 いちおうわたしはムスリム(イスラム教徒)です。自由にゆるゆると信仰していますが、シャハーダ(信仰告白。入信ということです)をしたときに言われたことを思い出しました。「これまでの、あなたの罪は赦されます」と。

 事前に勉強はしていたので、そういう設定であることは知っていたのですが、実際にそう言われるとなんとも清々しい気分になり、これからは心機一転頑張ろうと思ったものです。まあ、「入信しても貴方は地獄行きが確定していますが、いいですか?」なんて言われてもやる気がでませんから、いいシステムだと思います。

 結局わたしは、その後もちょいちょい罪は犯している(自殺未遂とかネ…)と思いますが、地獄に落ちるほどではなかろうと思いながら、今日もぼんやり生きています。

 そもそも、わたしが宗教に興味を持ったきっかけは、とある凶悪犯罪における死刑の是非について、キリスト教の牧師さんがインタビューに答えた新聞記事を読んだことでした。遺族感情を鑑みれば当然、死刑を望むこともありうると理解を示したうえで、しかし「復讐のために生きてはならない」と主張する内容だったと思います。「赦し」ですね。

 この記事を読んだとき、とてもショックを受けました。内容そのものというより、視点の違いに対してです。脳内に宗教のレイヤーを持つ人は、発想からして全く違うのだな、と驚きました。もちろんそれが、正解なのかは分かりません。

 しかしここから、宗教、とくにこれまで身近ではなかった一神教への関心が湧き、いろいろな本を読み漁った結果、「現代のわたし達が信じるイデオロギー(自由主義・資本主義・科学信仰…等々)からは道徳が学べない。それどころか、すっぽり抜け落ちている」と思うようになり、最終的には「入信しなきゃわかんねーだろ!」というところまで盛り上がり、本当にムスリムになりました。

 実際、神様より偉いものがない設定で生きるのはいいもんです。国家も会社もお金ですらも、全く偉くも何ともない。社長が何か偉そうなことを言っていても、口からクソを垂れているようにしか見えません。神様じゃない人が神様のように振る舞う場面がいかに多いか、よく分かります。

 ちなみに、イスラム教を選んだ理由は「簡単に入れるから(二人以上のムスリムの前で、アラビア語で信仰告白の文言を言えばOK)」というだけです。お金も時間もかかりません。さすがに、他にも真面目な理由はありますが、一番の理由はコレです。ゆるいですね。

 さて、やっと本題。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』のお話です。前章・後章の二部構成で公開された映画を鑑賞のうえ、原作漫画も読み終えました。いつものことですが、あらすじや批評は書きません。わたしが感じたことを書き記します。

 これは「赦し」の物語です。少なくとも、わたしにはそう見えます。今、わたし達が生きている世界はクソです。地球温暖化は人類全体の存亡がかかっているどころか、既に生物の大量絶滅が始まっているとさえ言われているのに、未だに戦争をして殺しあっているくらいアホです。ホモ・サピエンスはもうオワコンです。さっさと地表から退場して、地球の覇権は昆虫にでも明け渡しておけば良いのです。

 それでも、わたし達は先人の行いを赦さなければなりません。じつに鬱陶しい話ですが、この世界で生きるために必要な要素のひとつです。結局、人は誰もが愚かです。「地獄への道は善意で舗装されている」と言いますが、まさにその道を歩んできた結果が現在なのだとしたら、いったい誰を責めるというのでしょうか。だいいち、結構快適じゃないですか現代は。

 そもそも、善悪とはいったい何なのでしょうか。二元論で世界を分けてしまう考え方そのものが誤りだとしたら、善をなしてきた人も、厳しく裁かれなければなりません。やっぱり人生はクソゲーですね。システムの根幹から作り直せという話です。

 一方で、もう一つの重要な要素は、もっとシンプルなことです。恋愛や友情、好き、キス。そうしたことです。そこに人間がいる限り、必ず行われることです。それをとことん大切にすることです。

 とはいえ、わたし一人が何を思おうが、できることなど、ごく限られたことしかないでしょう。だから、わたしの「絶対」は誰なのか。善悪を超えて、必ず側にいると誓える存在。あした地球がこなごなになるとしても、一緒に笑って過ごしてやんよという存在。家族、友達、恋人、あるいはそうした言葉では言い表せない、「絶対」としか言えない関係性。それが大事なんです。

 でも、このクソゲーは、誰かの「絶対」が、何度も何度も世界を狂わせてきた結果に違いありません。例えば、エンゲルスがマルクスを生涯に渡り支え続けた結果が、その後スターリニズムや毛沢東主義を産み、それにより大勢の人が死んだとしても、マルクスとエンゲルスの友情を否定することはできません。

 さて、これから起こる人類滅亡、誰を恨みますか?ただいまプレイ中の人生というクソゲーは、教科書に載っているような偉人達が作りました。芸術も往々にして、それに関与しました。傍観した者も同罪。みんなでここまでやってきました。赦すところから、スタートしませんか?

 言ってるわたしができないかもしれませんが、そんな気分にはなりました。きっと、一生忘れられない。名作ですね。

 というわけで、記事は以上です。もし内容に共感いただけて、わたしにコーヒーを奢ってくださる方がいらっしゃれば、購入(投げ銭)していただけると嬉しいです。

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